君の声

 無機質な電子音に鼓膜を揺らされるように目が覚める。
 浅い眠りから引き剥がされるようにゆっくり開いたその瞼にカーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
(もう朝、か……)
 視界が急速にピントを合わせていく。ゆっくり体を起こすと首から背中にかけて鈍い痛みが走った。
(いって……そっか俺、あのまま寝ちゃったのか)
 とても懐かしい夢を見た気がした。樹は重たい体を無理やり起こし、浴室に向かう。シャワーを浴びながら昨日の綾の話を思い返す。
 詩織が事故に遭ったこと。
 そのせいで俺の事を忘れてしまったこと。
 一晩経ってもどこか信じきれない自分もいる。けれど、否定しても事実は変わらない。
 だったら、俺は俺がやれることを。
 チーフプロデューサーとして何が何でもこのイベントを成功させてやる。
 頭から水を被り、顔をあげた鏡に映る樹の表情には決意が浮かんでいた。

 今日はオフ。なんとなく気分転換にドライブへ出かけることにした。目的地を決めず車を走らせる。
 お気に入りのプレイリストが3週目を迎える頃、フロントガラスの向こうに見覚えのある大きな青い建物が見えてきた。
「……ここに来たかったのか、俺」
 吸い込まれるようにウィンカーを出し、駐車場に車を滑り込ませる。車を降りると、潮の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。無意識のうちに海沿いのルートを選び、導かれるようにやってきたのは、企画会場になっている水族館だった。
 特に理由があったわけじゃない。ただ、最近少しだけ慌ただしい日々が続いていて、頭を空っぽにしたかったのかもしれない。
 薄暗いエントランスをくぐると、そこは外の暑さが嘘のような、ひんやりとした青の世界が広がっていた。一つひとつ館内をゆっくり見て回る。巨大な水槽の前に立つ。ゆったりと円を描いて泳ぐ魚たちをぼんやり眺めていた。
 ふと周りを見渡すと見覚えのある姿が目に入った。気のせいかと思って一度視線を逸らす。
 それでもなぜか気になってもう一度そちらを見る。不意に顔を上げた彼女と目が合った。
 そこにいたのは詩織だった。ゆっくり彼女の元に歩み寄る。
「あれ、佐野さん?」
「白石さん。偶然だね。プライベート?」
「はい、ちょっと気分転換に。佐野さんもですか?」
「ああ、俺も目的地を決めずに走ってたら、気づけばここに着いてた。……あ、もしかして仕事熱心だって感心してくれた?」
 樹が少しおどけて言うと、詩織は「ふふ、そうですね」と柔らかく笑った。