君の声


 九月。体育祭も終盤に差し掛かり、俺は二年生代表として借り物競争のスタートラインに立っていた。本部テントの放送席から、詩織の声が響いている。
『ただいま、二組目のレースがスタートしました。各選手、お題の紙を開いています——』
 ピストルの音とともに走り出し、無造作に一枚掴む。
 紙を開いた瞬間、身体が固まった。
——『好きな人』
「…………っ」
 よりによって。
 顔を上げる。
 本部テント。マイクを握る詩織と目が合った。
『あれ……佐野くん?』
 詩織の声が明らかに動揺する。
 迷ったのは一瞬だった。俺はそのままコースを外れ、放送席へ向かって走った。
『えっ、佐野くん!? こちらに向かって——』
 詩織の目の前で足を止める。
「詩織! ……ごめん、一緒に来て!」
「えっ……? あ、うん……!」
 真っ赤になった詩織の手を握り、そのままゴールへ向かって走る。
 ゴールテントに滑り込むと、審判をしていた三年生の先輩が俺からお題の紙を受け取った。
「……お前、マジかよ」
 紙を見た先輩がニヤッと笑う。
「佐野、合格! 」
 その瞬間、グラウンド中が大歓声に包まれた。
「女子が泣くな」
 目の前で先輩が呟く。
「おい樹! お前マジかよ!」
 テントの横で待機していた拓馬と京平は笑っている。
「佐野くん、やるじゃん!」
 黄色い悲鳴が上がる。隣の詩織は、もう顔が爆発するんじゃないかっていうくらい真っ赤になって、俯いていた。だけど、握りしめたままの俺の手を、詩織は恥ずかしそうに、でもしっかりと握り返してくれていた。
 
 体育祭のあの借り物競争以来、俺たちの関係は一気に校内中に知れ渡った。
 それでも、俺に声をかけてくる女子がいなくなったわけじゃない。
 冬の放課後、いつもの放送室で詩織が少しだけ唇を尖らせる。
「樹くん、また連絡先聞かれたんだって?」
「断ったって。俺には詩織しかいないの、知ってるだろ」
 そう言って詩織の頭を少し乱暴に撫でると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
 
 俺たちは三年生になった。掲示板に貼り出されたクラス名簿の前で、俺たちは大騒ぎした。
 俺と詩織、京平と拓馬、そして綾ちゃんまで、みんな同じクラスになった。
 「これ、最高じゃん」
 誰かがそう言って、みんなで笑った。
 これ以上ない、最高の最後の一年が始まった————はずだった。