君の声


 大会が終わり、夏休みも中盤を迎えた土曜日。俺たちは約束していた地元の夏祭りへと出かけた。
 人混みの中で待っていると、浴衣姿の詩織がやってきた。いつもと違う雰囲気に思わず言葉を失ってしまう。
「……待たせちゃってごめんね? 変じゃない、かな……」
「めちゃくちゃ似合ってる」
 それだけ言うのが精一杯だった。祭りの人波に押され、詩織の肩が小さくぶつかった。
「うわ、人がすご……」
「はぐれるなよ」
 今度は迷わず、詩織の手を握った。
「うん、離さないでね」
 握り返された手の温かさに、胸が高鳴った。

 夏休みの終わりが近づく。案の定、俺の手元には手付かずの課題が残っていた。
「なぁ樹。まだ終わってねぇの?」
「うるせぇ。部活が忙しかったんだよ」
「俺は授業中に終わらせたけどな」
「……お前、ほんと腹立つ」
 そんな俺を見かねて、詩織が笑った。
「私のノートでよければ、一緒にやる?」
 詩織の家にお邪魔して机の上に広げられた数学のワークを前に、俺は完全に頭を抱えていた。
「樹くん、ここ、公式が逆だよ?」
「うわ、マジだ……。なぁ詩織、これ本当に終わるか?」
「大丈夫、私がついてるもん。ほら、次!」
 呆れながらも隣で丁寧に教えてくれる詩織の横顔。ペンを持つ指先が時折かすれあうたびに、手元の計算式よりも心臓の音がうるさくなる。
「……なぁ」
「ん?」
「宿題終わったら、ご褒美ほしい」
 ちょっとふざけて言うと、詩織は一瞬動きを止めた。俺のノートの端に小さく「はなまる」を描く。
「終わったら、ね」
 そう言って笑った。
 その笑顔を見ながら、俺は思った。
 こういう時間が、ずっと続けばいい。
 そんな他愛もない時間を重ねながら、俺たちの秘密の夏は終わっていった。