夏休み。俺は部活に明け暮れていた。詩織とは通話やメッセージのやりとりをしていたけど、なにより多くの時間を費やしたのはバスケだった。インターハイ予選、決勝リーグ最終戦。勝てば全国大会への出場が決まる大事な試合だった。
「樹、お前に一本目託すからな。ビビんなよ!」
三年生のキャプテンに、背中を叩かれ俺はコートに向かった。
心臓が痛いくらいに鳴っている。いつも通り、いつも通り……そう自分に言い聞かせながら、ふと二階の客席を見上げた。
————いた。
応援の生徒で埋め尽くされた客席の中、黄色いメガホンを握った詩織がいた。その隣には、井上綾もいる。俺の視線に気づいた井上が詩織の肩を小突く。詩織がこちらを向き、目が合った。周りにたくさんの生徒がいるから、大っぴらにはできない。それでも、詩織は胸の前で小さく拳を握ってみせた。口元が「頑張れ」と動いた。
それだけで胸の奥にあった緊張が少しだけほどけた。
(……よし)
見てくれている。それだけで十分だった。
「京平、拓馬、行くぞ」
「おう、ぶちかまそうぜ!」
三人で拳を合わせる。
ピィーーッ!審判のホイッスルが鳴り試合が始まった。
序盤から激しい攻防が続く。京平や拓馬と俺。二年生の三人で何度もボールを繋ぎ点を重ねていく。苦しい展開になっても二階席から聞こえる詩織の声だけははっきり聞こえていた。その声に背中を押されるように俺は最後まで走り続けた。
試合終了のホイッスルが鳴る。
「勝った……! 全国だ!!」
京平と拓馬が雄叫びをあげながら俺に飛びついてくる。三年生の先輩たちが涙を流しながら抱き合っていた。揉みくちゃにされながら、俺は二階の客席へと視線を向けた。
詩織が、隣の井上と抱き合って泣いていた。俺の視線に気づくと、涙を拭いながら、これ以上ないくらいの笑顔で何度も何度も大きく頷いてくれた。
表彰式や片付けを終え、俺は約束していた体育館裏へと向かった。
「樹くん!」
詩織が駆け寄ってくる。その後ろからは、井上がニヤニヤしながら歩いてきた。
「詩織、井上。応援ありがとな」
「ううん! 本当に本当にかっこよかった! 最後のシュート、すごかったよ」
「ほんと、佐野くん大活躍よね。詩織なんて、ずっと祈るみたい見てたんだよ?」
「ちょっと、綾!」
詩織が真っ赤になる。
「じゃ、あっち行ってくるね。二人でごゆっくり〜」
井上が笑いながら去っていく。
「……本当に、来てくれてありがとな。」
「ううん」
「詩織が見てくれてるって思ったら、頑張れた」
詩織は照れくさそうに俯き、俺のジャージの裾をそっと掴んだ。
「お疲れ様、樹くん。……約束、守ってくれてありがとう」
「……詩織」
その言葉が嬉しくて、俺は詩織をそっと抱きしめた。
「っえ……? 樹、くん……?」
「……ありがとな。本当に、力になった。詩織がいたから、最後まで走りきれた」
少し驚いていた詩織も、やがて俺の背中に腕を回す。
「……うん。頑張ったね、樹くん。かっこよかったよ」
夕方の風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。
