翌朝。いつもと同じはずの校門が、心なしか少し違って見える。
カバンを肩にかけ直し、昇降口に向かって歩いていると、少し前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。
(詩織だ……)
いつも通り綺麗に整えられた髪が、歩くたびに小さく揺れている。無意識に足が速くなりそうになったその時。後ろから「うぃーす、樹」とガシッと肩を組まれた。拓馬と京平だ。
「お前、朝から何ニヤニヤしてんだよ。キモ」
「してねぇよ」
「いや、してた。なぁ京平?」
「してたなぁ。さては今日の朝練、シュートの調子でも良かったか?」
こいつらの鋭すぎる、いや、的外れな勘ぐりに内心冷や汗をかきながら、「うるせぇ、早く行くぞ」と歩調を合わせた。結局、詩織に追いつくことなく、俺たちはそのままそれぞれの教室へと分かれた。
七月中旬。期末考査も終わり、校内はすっかり夏休みを待ち侘びる空気で満ちていた。
蝉の声が混じり始めた生ぬるい風が、窓から教室に入ってくる。
「あー、はやく休みなんねぇかな。海行こうぜ、海」
昼休み、京平が机に突っ伏しながら文句を言っている。
「お前その前に、練習あんだろ」
「拓馬、それを言うな!」
そんな友達の他愛もない会話を聞きながら、俺はポケットの中で小さく震えたスマホをそっと取り出した。
『今日の放課後、ちょっとだけ放送室寄れる?』
詩織からのメッセージ。
周りにバレないように『了解。部活前に行く』とだけ返して、すぐに画面を伏せる。
付き合い始めてから数週間。学校ではまだ「ただのクラスメイト」の振りを続けているけれど、こうして内緒で連絡を取り合うたびに、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「お疲れ」
放課後、部活の着替えを済ませてから、いつものように放送室のドアを静かに開ける。
「あ、樹くん。急に呼んでごめんね」
詩織は少し申し訳なさそうに、でも嬉しそうに振り返った。
「ううん、全然。何かあった?」
「これ、夏休みの全校集会で流すアナウンスの原稿なんだけど……ちょっとだけ、読んでみてくれない?」
「俺が?」
詩織から渡されたプリントには、丁寧な文字でぎっしりと原稿が書き込まれていた。
「マイクの調整もしたくて。……あの日みたいに、ね?」
詩織が悪戯っぽく微笑む。あのゲリラ豪雨の日のことを思い出して、なんだか急に照れくさくなった。
「はいはい、やりますよ」
マイクの前に立ち、少し咳払いをして原稿を読み上げる。放送室の中に、俺の声と詩織が機材を操作する小さな音が響く。
「……うん、バッチリ。ありがとう、樹くん」
詩織がヘッドホンを外して笑う。
「なぁ、詩織」
「ん?」
「夏休み入ったらさ、部活の大会があるんだ。……もし、時間あったらでいいんだけど」
言うのを少し躊躇ったけれど、真っ直ぐに彼女の目を見て続けた。
「応援、来てくれたら嬉しい」
詩織は一瞬だけ驚いたようにパチパチと瞬きをして、それから今日一番の笑顔を見せた。
「うん、絶対行く。樹くんが頑張ってるところ、近くで見たい」
窓の外からは、グラウンドで走る生徒たちの声が遠く聞こえる。
もうすぐ、初めて二人で迎える夏休みが始まろうとしていた。
