君の声

「疲れたー」
 長い一日を終え、自宅に帰った樹はソファに座り込む。
「うん、疲れたね」
 詩織は笑いながら言ってキッチンに立つ。
「詩織、今日はもういいから。こっち来て」
「これだけやって行くからちょっと待って」
 樹が呼んでもコーヒーをセットしようとする詩織にたまらず樹は後ろから抱きしめた。
「わっ、びっくりした」
「なんで傍にいてくれないの」
 詩織の肩に顔を埋め、小さく樹は呟く。耳元を掠める声に詩織は思わず苦笑する。
「疲れたでしょ?コーヒーでも飲もうよ」
「いらない。」
 詩織を抱えたまま樹は首を振る。詩織は胸に回った樹の腕にそっと手を添えた。
「……どうしたの?そんな子どもみたいに」
 くすくす笑えば、樹の腕に少しだけ力がこもった。
「……疲れたけど、すっげぇ幸せだった」
「うん」
「家族や友達があんなに祝ってくれて、たくさんおめでとうって言ってくれて」
「うん」
「隣に詩織がいて」
「……うん」
「夢みたいだなって」
「……夢?」
 樹は小さく頷く。
「もう詩織の隣には立てないって思ってたから」
 詩織は黙り込む。それでも樹は続けた。
「こうやって傍にいるんだって実感できるの、すげぇ嬉しい」
 樹はそっと詩織の手からサーバーを取り上げてキッチンに置くと、ゆっくり振り向かせる。
「だから、今は離れないで」
「……わかった」
 詩織の返事に満足そうに笑うと樹は頬に手を添え、優しくキスを落とす。体が離すと、目が合う。幸せそうに微笑む詩織を見て、樹も笑った。どちらからともなく顔を近づけ、もう一度キスを交わす。
 淹れかけのコーヒーの香りが、幸せな二人を包んでいた。