俺たちの距離は一気に近くなった。廊下で目が合えば手を振り合い、部活が休みの日は放送室へ遊びに行くようになった。
二人で声を潜めて話をしたり、イヤホンを片耳ずつ分けて音楽を聴いたり、彼女の読む朗読の原稿の相手役をしたり。そんな日々が少しずつ積み重なっていった。
名字で呼んでいたのがいつの間にか名前に変わっていた。詩織と過ごす時間が増えるほど、俺はどんどん彼女に惹かれていった。
夏休みを目前に控えたある日。俺は体育館でボールを追いかけていた。夏休みに入ってすぐの大会に向けて練習に熱が入っている。
「なぁ、お前と白石って付き合ってんの?」
休憩中。拓馬が唐突に聞いてきた。あまりにも急な質問に俺は飲んでいたドリンクを思いっきり吹き出した。
「きったねー」
いや、お前のせいだろ。
「……急になんだよ」
「お前、しょっちゅう放送室行ってるだろ」
京平も加わって、ニヤニヤしている。二人に詩織の話をした覚えはない。それでも、バレてんなぁと諦める。
「付き合ってねぇよ。ほら、練習しようぜ」
誤魔化すように俺はボールを持って走り出す。
「逃げんな」「素直に吐けよ!」
追いかけてくる京平と拓馬から逃げるように俺はコートへ戻った。
部活が終わり、いつものように放送室を訪れると、詩織が一人で何かを真剣にノートに書き写していた。その横顔が、あの夕暮れの教室の横顔と重なる。視線をあげた詩織が俺に気づいて「いらっしゃい」と笑う。差し入れ、と差し出したジュースを受け取ると詩織は再びノートに視線を落とす。俺はパイプ椅子に逆向きに座って、背もたれに顎を乗せながら、なんとなくその横顔を眺めていた。
窓の外からは、まだグラウンドで残って練習している部活の声や、蝉の声が遠く、防音室の厚い壁越しに微かに聞こえるだけ。
夕方の西日に照らされた詩織の横顔、きれいに整った睫毛、楽しそうに作業する手元。
体育館で拓馬たちに言われた「お前、白石と付き合ってんの?」という言葉が蘇る。
そうだったらいいのに。
そう思うくらいに俺はこいつのことが――。
「……好きだ」
思考を通さず、息を吐くように口から零れた言葉。詩織の手がピタッと止まり、驚いて顔をあげる。
俺自身も自分から出た言葉に驚いた。だけどもう戻せないし、戻す気もない。俺は覚悟を決めると今度はちゃんと目を見て言い直す。
「今の詩織見てると言いたくなった……俺、君が好き。俺と付き合って」
詩織の目がこれ以上ないってくらい大きく見開かれる。ただただ返事を待つ。この時間が一番キツい。
「……本当?」
小さく詩織が呟く。
「ほんと。気づいたら好きなってた。……たぶん、かなり前から。」
ペンを置いた詩織の頬が少しずつ赤に染まっていく。
「私も、佐野くんが好きです」
そう笑う詩織がとんでもなく愛しく思えた。
「……まじで?」
情けないくらい素っ頓狂な声が出た。あんなに格好つけて二度も告白したくせに、いざ両想いだと分かると急にどうしていいか分からなくなる。
背もたれに預けていた顎を上げて、まじまじと詩織の顔を見る。詩織は柔らかく笑って、小さく頷いた。
「まじ。……びっくりした、急に言うから」
「いや、俺だって言うつもりなかったっていうか……でも、言えてよかった」
椅子から立ち上がり、少しだけ距離を詰める。
「じゃあ……俺たち、付き合ったんだよな?」
念を押すように聞くと、詩織の頬が夕日より赤く染まる。
「うん。……よろしくね、樹くん」
