君の声

 衣装合わせの日。
 樹は鏡の前でシックな黒のタキシードに袖を通す。
「どう?」
 カーテンを開け、詩織に尋ねる。詩織は上から下まで視線を巡らせると首を傾げる。
「似合ってるけど、なんか違う」
「なんか違うって……」
「いつもと一緒だからかな」
 詩織の言葉に樹は苦笑する。
「仕事、スーツだしな」
「……こっち着てみて」
 詩織はスーツのかかった棚から一着を取り出す。
「俺が選ぶんじゃないの?」
「こちらも人気のお色ですよ」
「ほら、早く」
 詩織に背中を押されるように樹は試着室に戻っていく。
「はいはい」
 樹は苦笑しながらカーテンを閉めた。楽しそうに選ぶ詩織を見るだけで付き合う甲斐が出てくる。
 詩織に渡されたライトグレーのタキシードに袖を通し、鏡を見て整える。
「着れた?」
「うん」
 カーテンを開けると、出てきた樹を見て詩織の動きが一瞬止まった。
「……。」
「どう?」
「似合ってる。」
 嬉しそうに微笑んだ。
「……やっぱりこっち。」
「じゃあ、決まりで」
「もう?」
「詩織が気に入ったなら、それで十分。」
 詩織は笑顔で頷いた。樹は着替えを終えてソファに腰を下ろす。
 少し離れた衣装棚の前では、詩織がドレスを一着ずつ見比べながらプランナーと話していた。
 時折こちらを振り返っては、「これどうかな」と問いかけてくる。
(楽しそうだな)
 樹の口元も緩む。
「ねぇ、こっちとこっち、どっちがいいかな」
 二着のドレスを掲げて詩織が振り返る。
「気になるのは、着てみたらいいよ」
「……なに、その言い方」
「詩織はどんなのでも似合うから」
 笑って言えば、詩織は少しだけ頬を染めて「着たら、選んでよね」と言い残して、プランナーと試着室へ向かった。
「選べるかなぁ」
 詩織の背中を見送りながら呟く。何を着て見せられても「かわいい」と言う自信しかなかった。
 少しすると、白のマーメイドドレスに身を包んだ詩織がやってくる。
「どう?」
「うん、やっぱりかわいい」
「もう。」
「よくお似合いだと思いますよ」
「……もう一着、着ておいで」
 樹が笑顔で促せば詩織は再び試着室へ向かう。その背中を再び見送り、樹はスマートフォンに視線を落とす。
「樹。」
 声がして顔を上げる。その瞬間、思わず息をのんだ。
「……どう、かな」
 何を着てもかわいいと、間違ってはなかった。
 けれど——
 今、目の前にいる詩織はとても綺麗だった。
 Aラインの純白なドレス。レースがたっぷりあしらわれたその一着は、華奢な詩織にとてもよく似合っていた。
 樹の手からスマートフォンが滑り落ちる。
「……なんか言ってよ」
 不安そうな声に、樹はようやく我に返る。
「……すっげぇ似合ってる」
 少しだけ間を置いて、樹はふっと笑った。
「そのドレスにして。」