君の声

 校舎を一回りすると最後に体育館にたどり着いた。
 開け放たれた扉の向こうから、ボールの弾む音と部員たちの掛け声が響いてくる。足を止めた樹を詩織が見上げて、微笑む。
「入りたい?」
「……ちょっとだけ」
 入り口から覗いていると一つのボールが転がってくる。樹はそれを拾い上げ、少し見つめると、数度ボールをついた。乾いた音が体育館に響く。
「あっ!すみません」
 慌てて取りに来た部員へ返そうとした、その時だった。
 樹はふっと笑うと、リングへ向き直る。軽く膝を曲げ、力を抜くようにボールを放る。放物線を描いたボールは、吸い込まれるようにリングをくぐった。
 ――パサッ。
 ネットが静かに揺れる。
「え……。」
「入った。」
「あの距離から?」
 体育館が一瞬静まり返り、次の瞬間、小さなどよめきが広がった。
「まだまだ動けそうだな」
 古賀は口元を緩める。
「先生、あの人……。」
 一人の部員が樹を見つめたまま呟く。
 古賀は小さく笑う。
「……うちのOBだ。」
「えっ、本当に?」
「見たことあるだろ」
「えっ……!」
「マジで?」
「写真の人だ……。」
 部員たちの視線が一斉に樹へ集まる。
「すげぇ……。」
「先生、褒めすぎ」
 樹は照れたように笑った。

「たまには顔出せよ。」
「また来ます。」
「OB戦、楽しみにしてるぞ」
「本当にやるんですか?」
 樹は苦笑いを浮かべる。
「東堂と数原も連れて来い。」
「伝えておきます。」
 校門まで見送りに来た古賀と笑い合う。思いがけず、京平や拓馬とOB戦をする約束までできてしまった。
「じゃあ、行きます。」
「お邪魔しました。」
 二人は軽く頭を下げ、校門をくぐった。
 数歩進んだ、その時だった。
「佐野。」
 古賀が樹を呼び止める。
「……夢、ちゃんと叶えたんだな」
 古賀の手には、一冊のパンフレットが掲げられていた。樹の目が見開かれる。
「いい企画だったよ」
 少し傾いた夏の日差しに照らされた恩師の表情はどこまでも優しかった。
 
「届いてたんだな」
 学校から離れた時、樹が呟いた。樹の目頭が熱くなる。
 届けたかった想いは、ちゃんと誰かに届いていた。まさかこんな形で実感するとは思わなかった。
「……よかったね」
 詩織が優しく微笑む。あのイベントを樹の一番近くで見てきたから、その言葉の意味を詩織は誰よりも分かっていた。