それから少しずつ、廊下で言葉を交わすようになった。最初はどこか遠慮がちだった白石も、いつの間にか俺に笑ってくれるようになっていた。
放課後、部活中に突然激しい雨が降り出した。
ほどなくして雷が鳴り始め、さすがに部活は中止になった。
「雨やべぇな」
「俺、傘もってきてねぇ」
京平たちと廊下を走っていると、ふと放送室の明かりが目に入った。
「先帰ってて」
そう言って、俺は放送室へ向かった。
そっと覗くと、白石が一人で作業をしていた。
「まだ残ってんの?」
気付けば俺はそう言いながら放送室のドアを開けていた。白石がこちらを振り向く。
「佐野くん……どうしても今日中に仕上げなきゃいけないものがあって……」
「まじ?白石だけが残ってんの?」
「えっと、それは……」
「——私やります、とか言っちゃった?」
そう問えば白石はバレた、と困ったように笑う。
「この天気だし、今日じゃなくてもよくない?」
「でも今日じゃないと……」
白石は画面を睨んだまま、何度も波形を戻している。
窓の外では、雨が激しく降り続いている。雷が鳴るたび、白石の肩がほんの少し揺れた。
「怖い?」
「……ちょっとだけ」
白石が苦笑する。俺は隣の椅子を引いて座った。
「——じゃあ終わるまでいるよ」
白石が驚いて俺を見る。
「でも佐野くん部活の後だし、帰って休んだ方が」
「別に構わないよ。」
俺は課題を広げる。白石が小さく「ありがとう」と呟いた。
「どうしよう、もう時間ないのに……」
ふと窓の外に視線を向けた白石が呟いた。その声に焦りともどかしさが滲んでいる。
「……よし」
「え?」
「一回、頭リセットしよ。」
俺はポケットからスマホを取り出す。
「息抜きに『放課後ゲリララジオ』始めまーす」
「え、なにそれ」
「本日のゲストは、絶賛大焦り中の放送部・白石詩織さんです。今の進捗はどうですか?」
「ちょっと、ふざけないでよ」
「いいから、いいから。白石さーん、進捗は?」
俺が笑うと、白石もとうとう吹き出した。
「……えーっと。思うように進まなくて焦ってます」
「おっと、それは大変。ちなみに、今回の作品のテーマは?」
なんてラジオっぽく組み立てていく。スマートフォンのマイクに向けながらしばらくそんな取り留めのないやりとりを続ける。
気づけば、詩織の表情から焦りが少しずつ消えていた。
「……まぁ、白石がいつもめちゃくちゃ拘って作ってるの、俺知ってるよ。お昼の放送だって、みんな何気なく聴いてるけど、俺はあの選曲もアナウンスも、すげーいいなと思って聴いてる。だから、絶対いいものできるって」
いつもの調子で言おうとしたのに、自然と声が真面目になる。俺の素直な感想だった。
「力んでもいいことないからね。——さて、放課後ゲリララジオはここまで」
俺はそっと録音停止ボタンを押す。
「よっしゃ、サクッと終わらせて帰ろうぜ。俺そっちでコードまとめてるから、編集しちゃって」
「佐野くん、ありがとう」
それから俺は白石が集中できるように見守った。三十分程経ったところで白石の作業が終わる。荷物をまとめ、昇降口に向かいながら「こんなこと前にもあったね」なんて白石が笑う。
「そうだな。ねぇスマホ出して——連絡先、交換しようよ」
「え?」
「いいから!ほら!」
俺が自分のスマートフォンを差し出しながら言うと白石も鞄から自分のスマートフォンを取り出す。メッセージアプリに白石が追加されると俺はさっき撮った音声を送った。
「これ、さっきの」
送信されたファイル名は【放課後ゲリララジオ(ゲスト:白石詩織)】。
「作業中、また煮詰まったらこれ聴いて元気出しな」
そう言うと白石は嬉しそうに笑ってくれた。
今思えば、俺はきっとこの時の笑顔に惹かれたんだと思う。
