君の声


 長い人生の中で、君と出会ったことは偶然かもしれない
 一度失った君と、もう一度恋をできたことは 奇跡に近い確率で
 
 ただそばにいてほしい

 その願いだけを、僕らは繋いでいく


 差し込む眩しさに樹の意識はゆっくり浮上する。ぼやけて見えた見慣れない天井。ふと視線を動かせば、腕の中で小さな寝息を立てて眠る詩織がいた。
(……やっぱまつ毛長いな)
 寝顔を見つめ、昔と同じことを思う。
 隣で眠る詩織を見るのは初めてじゃない。一緒に朝を迎えたことは何度もある。
 ただあの頃はそれが特別だなんて思っていなかった。
 失って気づいた当たり前じゃなかったということ。
 もう一度、一緒に朝を迎える日が来るなんて、思ってもいなかった。
 目元にかかる前髪を払い、その安心しきった寝顔を見つめる。
(……寝顔はあの頃のままだ)
 シーツから覗く細い肩に腕を回し、もう少しだけ引き寄せる。
(……幸せだな)
 胸に広がる幸福感に樹の口元は緩んでいく。
「ん……」
 腕の中の詩織が小さく動く。ゆっくりと瞼が開き、樹と目が合う。
「おはよう」
「……おはよう」
 樹が微笑めば詩織も少し恥ずかしそうに微笑み返す。樹はそっとおでこに唇を当てると体を起こす。
「……もう帰る?今日、会社行くんでしょ?」
 詩織も体を起こしながら問いかける。
「帰ってほしい?」
「……やだ」
「俺も。」
 樹はそう言って笑うと、詩織の肩を抱き寄せた。手を伸ばせば届く温もりが愛しくてたまらない。
「……仕事行きたくねぇ」
「ほんとだね」
 詩織の肩に顔を埋めて零せば、詩織もくすくす笑う。
 カーテンから差し込む春の日差しが二人を照らしていた。

 朝食を済ませ二人は身支度を整える。家を出る直前、玄関で樹は言った。
「送ってく。それで帰りも迎えに行く。」
「でも、樹も帰ってきたばかりだし、忙しいんじゃ……」
「大丈夫。」
 言い切る樹に詩織は思わず笑う。こういう時、樹が譲らないのを詩織は知っていた。
「じゃあ、お願いしようかな」
 詩織の返事に樹は満足そうな笑顔を見せた。
 一緒に家を出て手を繋いで車へ向かう。詩織を会社まで送り届け、樹も会社へ向かった。
 会社の自動ドアをくぐると、見慣れたロビーが目に入る。
「先輩!!」
 受付近くにいた後輩が真っ先に声を上げた。
「おかえりなさい!」
「ただいま。」
 笑って返すと、気づいた社員たちが次々と集まってくる。
「思ったより早かったですね」
「向こうどうでした?」
「美人いっぱいました?」
「興味ないから知らない。」
 樹が苦笑すると、周囲から笑いが起こる。
「佐野。」
 社長の神崎に呼ばれ、樹は軽く頭を下げた。
「おかえり。ひとまず報告は午後でいい。今日は挨拶と引き継ぎを済ませて、ゆっくり慣らせ。」
「ありがとうございます。」
「……それと。」
 神崎はふっと笑う。
「日本はどうだ?」
「やっぱり、落ち着きます。」
「そうか。」
 短いやり取りを交わし、樹は自分のデスクへ向かった。半年ぶりとは思えないほど、そこにはいつもの日常が広がっていた。