君の声

 ◇

『今日ランチ行かない?』
 綾からの連絡を受け、詩織は鏡の前で準備をしていた。テレビの前に置いた砂時計が目に入る。
 昨日、樹が贈ってくれたものだった。頭を撫でた樹の手の温もりを思い出す。
「……佐野さん、何だったんだろう」
 嫌ではなかった。むしろ、胸の奥から温かくなるような感覚があった。この温もりを知っているような、そんな気がしていた。
 開けていたベランダから風が入りカーテンを揺らした。
「あ、もう行かなきゃ」
 時計を見て慌ててベランダを閉める。パタパタとバッグを掴んで玄関に向かう。
「行ってきます」
 一瞬振り返って誰もいない部屋に声をかけると玄関の扉を開けた。

「おまたせー!」
 待ち合わせ場所には綾の姿があった。合流した二人は目的の店に向かう。SNS映えするカフェで、席に着くと綾が笑って言った。
「ここ、美味しかったから、詩織と来たかったんだ」
「……来たことあるの?」
 詩織が聞き返すと、綾は小さく「あ」と声を漏らした。
「いや、えっと……」
「……好きな人、だ」
 詩織が綾の顔を覗き込んで言えば綾は顔を真っ赤にする。
「えー誰だれ?私の知ってる人?」
「……一応、知ってる」
 嬉しそうにはしゃぐ詩織に綾は観念したように答える。その時注文した料理が運ばれてきた。
「綾ってばいつの間に」
 料理を口にしながら、からかうように言うと綾は慌てた。
「付き合ってるとか、そんなんじゃないから!」
「ふふ。秒読みってところ?」
 くすくす笑う詩織に綾は頬を赤くした。
「詩織の意地悪……」
「ごめんごめん」
 詩織が笑えば綾はもう、と息を付く。詩織は手を止めて言った。
「私もね、好きな人できた」
 綾の手も止まった。
「へぇ。どんな人?」
「優しくて、一緒にいて楽しい人。みんなに慕われていて、太陽みたいな人」
 詩織は視線を伏せて口元を緩めながら言う。
 ——佐野くんって、優しいよね。一緒にいて楽しい。
 ——みんなに慕われてて、輪の中心にいて太陽みたいだなって思う。
 ——好き、なんだと思う。
 高校時代、樹のことをそう語っていた詩織。綾には当時の詩織と今の詩織が重なった。胸の奥が熱くなる。
「……そう」
「うん。その人といると、ギュって温かくなるんだ。」
「その人のこと、本当に好きなんだ」
「……うん。」
 顔を上げ、嬉しそうに微笑む詩織を見て、綾は少しだけ泣きそうになった。
「え、なんで綾が泣くの?」
「なんでもないの。」
 慌てておしぼりで目元を押さえる。少し不安そうに見つめる詩織に綾は笑顔で言った。
「よかったね」
 詩織は「なにそれ」と笑って、食事を再開した。