君の声

『樹くん』 幼さが残る制服姿で俺を呼ぶ
『佐野さん』 透き通るような声で今の俺を呼ぶ
 時に見せる真剣な瞳、無邪気な笑顔、照れて視線を伏せる癖
 ずっと、君だけが好きだった
 
 朝、いつもより少し遅い時間に樹は目が覚める。洗面所で顔を洗い、出しておいた服に着替えて荷物を確認する。最後の確認を終えると、チェストの上に置いた写真に手を伸ばした。
 高校時代の詩織の写真。文化祭で撮った一枚。昔から大事に取っておいた大切なもの。ゆっくり撫でた後、フォトフレームから抜き取り手帳に挟む。
「もう忘れ物はないな」
 玄関でスーツケースを引いて振り返る。少しだけ物が減り広く感じる部屋を見渡して樹は呟いた。
「……行ってきます」

 愛車にスーツケースを積み込み、エンジンをかける。ふわりと香る甘い匂いは昨日隣にいた彼女のものだった。樹は深く息をしてアクセルを踏んだ。
 見慣れた街並みを抜け、京平の家に向かう。少しだけ遠回りをした。
「何やってんだ、俺……」
 そう呟きながらも進路は戻さない。見慣れたマンションを通り過ぎ、車を走らせる。京平の家に着くと、拓馬と二人がエントランスで待ち受けていた。
「悪い、遅くなった」
「まだ余裕はあるだろう。ドライブ、楽しめたか?」
「あぁ。」
 京平の言葉に樹は穏やかに笑って頷いた。
「貸せよ、持つ」
 拓馬にスーツケースを預け樹は愛車を京平の車の横に停める。ふと助手席に目を向ける。窓の外を眺める詩織が浮かぶ。零すように笑って車を降りた。
「それじゃあ、頼む」
 樹は京平にキーを差し出した。
「たまにエンジンかけとく」
「俺が走っといてやるよ」
 拓馬が言う。
「おう」
 樹が笑う。