樹の最後の出社日。
「佐野先輩、今日でお別れなんですね」
「寂しいです」
女性社員たちが樹を囲む。樹は困ったように笑いながら受け流していた。
「ほらほら、仕事の邪魔!散って散って!」
広瀬がファイルを回しながら割って入る。女性社員たちは不服そうに広瀬を見る。
「悪い、仕事しなきゃだから。行くぞ、広瀬」
樹はファイルを一つ掴むと広瀬と一緒に女性社員の隙間を抜けて部屋を出た。廊下の角を曲がったところで立ち止まり、広瀬が廊下の様子を伺ってから樹を振り返った。
「大丈夫です、来てません」
「……助かった」
樹は大きく息を吐いてその場に座り込む。朝から樹のデスクには他部署の後輩や同期が集まっていた。そのほとんどが女性社員。樹は少し疲れていた。
「先輩モテるんですから。自覚なさそうだけど」
広瀬が呆れたように言う。
「嬉しくねぇよ」
「白石さんに好かれないと意味ないですよね、先輩は」
項垂れる樹に広瀬がからかうように言う。勢いよく顔を上げた樹は広瀬の足を思いっきり叩いた。
「いった!!何するんですか!!」
「お前が余計なこと言うからだろ」
睨むように広瀬を見て、樹は立ち上がった。
「ほら、仕事するぞ。」
「……はい!」
ファイルを揺らす樹に広瀬は笑顔で返事をした。
午後からも樹は社員から囲まれていた。先輩社員や同期たちがやってくる。朝の女性社員より少し気の抜けた樹は和やかに話をして過ごした。
その日の夜。駅前の居酒屋では樹の送別会が行われていた。幹事は広瀬。注文を取りまとめ、場を回す広瀬に樹は感心する。
「佐野、飲んでるか?」
「中原部長」
広瀬を眺めていると中原がビールを持ってやってきた。樹の空いたグラスにビールを注ぐ。
「あいつ、立派になっただろ。」
中原は広瀬を差して言う。その視線の先では広瀬が空いたグラスの確認し、注文を店員に伝えている。
「そうですね。教育係を任されたときは終わったと思いました」
樹もグラスを傾けながら答える。思い返すのは入社当時の広瀬だった。元気とやる気だけはある、そんな新入社員だった。今では立派な樹の片腕。
「こっちは大丈夫だ。俺も広瀬もいる。思いっきりやってこい」
「ありがとうございます。やれるだけやってきます」
樹はそう言って中原のグラスにビールを注ぐ。
「俺からの餞別です」
「……お前も相変わらずだな」
呆れたように笑う中原に樹は笑顔を向けた。
「先輩、いつ日本出るんですか?」
送別会の帰り道。広瀬と二人、夜道を歩く。
「次の日曜。」
「俺見送りに行きませんから」
「来いなんて思ってねぇよ」
秋が見え始めた涼しい夜風が二人の間を吹き抜けていく。
「……このままでいいんですか?」
不意に広瀬が立ち止まった。樹は不思議そうに振り返る。
「なにが?」
「白石さん。」
まっすぐ見つめてくる広瀬に樹は一瞬視線を逸らした。
「今日だって、何人にも告られてたじゃないですか。でも先輩は全部断ってた」
「……なんで知ってんだよ」
「あれだけ頻繁に呼ばれてれば誰だって気づきます。」
広瀬が小さく息をつく。
「好きな人がいるって断ったそうじゃないですか。それ、白石さんですよね?」
(こいつ、こういうところ本当鋭いよな。人をよく見てる)
妙に感心しながら樹は少し間をおいて広瀬を見る。
「……好きだって言ったら、どうする?」
「え?」
「お前だったら、もうすぐ海外へ行くって奴から好きだって言われたらどうする?」
「それは……」
「俺は彼女に待ってて欲しいとは言えない。それだけだよ」
優しく笑う樹に、広瀬は何も言えなかった。二人の間を夜風だけが通り過ぎていった。
「佐野先輩、今日でお別れなんですね」
「寂しいです」
女性社員たちが樹を囲む。樹は困ったように笑いながら受け流していた。
「ほらほら、仕事の邪魔!散って散って!」
広瀬がファイルを回しながら割って入る。女性社員たちは不服そうに広瀬を見る。
「悪い、仕事しなきゃだから。行くぞ、広瀬」
樹はファイルを一つ掴むと広瀬と一緒に女性社員の隙間を抜けて部屋を出た。廊下の角を曲がったところで立ち止まり、広瀬が廊下の様子を伺ってから樹を振り返った。
「大丈夫です、来てません」
「……助かった」
樹は大きく息を吐いてその場に座り込む。朝から樹のデスクには他部署の後輩や同期が集まっていた。そのほとんどが女性社員。樹は少し疲れていた。
「先輩モテるんですから。自覚なさそうだけど」
広瀬が呆れたように言う。
「嬉しくねぇよ」
「白石さんに好かれないと意味ないですよね、先輩は」
項垂れる樹に広瀬がからかうように言う。勢いよく顔を上げた樹は広瀬の足を思いっきり叩いた。
「いった!!何するんですか!!」
「お前が余計なこと言うからだろ」
睨むように広瀬を見て、樹は立ち上がった。
「ほら、仕事するぞ。」
「……はい!」
ファイルを揺らす樹に広瀬は笑顔で返事をした。
午後からも樹は社員から囲まれていた。先輩社員や同期たちがやってくる。朝の女性社員より少し気の抜けた樹は和やかに話をして過ごした。
その日の夜。駅前の居酒屋では樹の送別会が行われていた。幹事は広瀬。注文を取りまとめ、場を回す広瀬に樹は感心する。
「佐野、飲んでるか?」
「中原部長」
広瀬を眺めていると中原がビールを持ってやってきた。樹の空いたグラスにビールを注ぐ。
「あいつ、立派になっただろ。」
中原は広瀬を差して言う。その視線の先では広瀬が空いたグラスの確認し、注文を店員に伝えている。
「そうですね。教育係を任されたときは終わったと思いました」
樹もグラスを傾けながら答える。思い返すのは入社当時の広瀬だった。元気とやる気だけはある、そんな新入社員だった。今では立派な樹の片腕。
「こっちは大丈夫だ。俺も広瀬もいる。思いっきりやってこい」
「ありがとうございます。やれるだけやってきます」
樹はそう言って中原のグラスにビールを注ぐ。
「俺からの餞別です」
「……お前も相変わらずだな」
呆れたように笑う中原に樹は笑顔を向けた。
「先輩、いつ日本出るんですか?」
送別会の帰り道。広瀬と二人、夜道を歩く。
「次の日曜。」
「俺見送りに行きませんから」
「来いなんて思ってねぇよ」
秋が見え始めた涼しい夜風が二人の間を吹き抜けていく。
「……このままでいいんですか?」
不意に広瀬が立ち止まった。樹は不思議そうに振り返る。
「なにが?」
「白石さん。」
まっすぐ見つめてくる広瀬に樹は一瞬視線を逸らした。
「今日だって、何人にも告られてたじゃないですか。でも先輩は全部断ってた」
「……なんで知ってんだよ」
「あれだけ頻繁に呼ばれてれば誰だって気づきます。」
広瀬が小さく息をつく。
「好きな人がいるって断ったそうじゃないですか。それ、白石さんですよね?」
(こいつ、こういうところ本当鋭いよな。人をよく見てる)
妙に感心しながら樹は少し間をおいて広瀬を見る。
「……好きだって言ったら、どうする?」
「え?」
「お前だったら、もうすぐ海外へ行くって奴から好きだって言われたらどうする?」
「それは……」
「俺は彼女に待ってて欲しいとは言えない。それだけだよ」
優しく笑う樹に、広瀬は何も言えなかった。二人の間を夜風だけが通り過ぎていった。
