お盆休み初日。
夕暮れの駅前は、浴衣姿の人で溢れていた。少し早めに着いた樹は近くのパーキングに車を停めて待ち合わせの時計台の下で待っていた。人が多いだろうから迎えに行くと言うと駅での待ち合わせを提案された。
「そろそろ時間か」
腕時計で時間を確認したその時——
「すみません。お待たせしました。」
聞こえた声に顔を上げて、樹の動きが止まった。
そこには浴衣に身を包んだ詩織が照れくさそうに立っていた。黒地に淡い色の朝顔が咲く浴衣は詩織にとてもよく似合っている。樹は思わず見惚れてしまう。
「……どう、ですか?」
黙り込んだ樹に詩織が少し不安そうに問う。その声に樹は少しだけ視線を逸らした。
「……すっげぇ似合ってる」
視線を合わせられないまま答えると詩織が嬉しそうにはにかんだのが見えた。
「……行こっか。」
少しして、樹は詩織に向き直る。二人は並んで歩き始めた。いつもより小さな詩織の歩幅に合わせて歩く。会場が近づくに連れて増える人並みに二人の距離が少し開きそうになる。
「……はぐれちゃ困る」
樹はそう言って詩織の手を掴んだ。あの映画館の日と同じように。詩織は一瞬驚きを見せて、嬉しそうに笑った。掴んだ手に詩織の指先がそっと絡んだ。
(今だけ……今だけだから)
樹は誰に言うでもなく心の中で呟いて、繋がれた手に少しだけ力を込めた。
会場に着くと、出店が立ち並んでいる。樹はポテトの屋台の前で足を止めた。
「お腹空いてない?」
「少しだけ」
「ポテトなら一緒に食べられるよな」
口にした瞬間、樹は自分の言葉にはっとした。
(一緒に、か……)
あまりに自然と出たその言葉に小さく苦笑する。
「一緒に食べるとたくさん、食べられますね」
そう言って微笑む詩織に樹は笑みを返した。それから二人はいくつかの屋台を回って、観覧席に向かう。
チケットを見せて観覧席に入って、案内されたのは花火が見渡せる特等席だった。
「すげぇ……」
樹は見渡して思わず呟いた。
「こんないい席、俺でよかったの?」
隣を見れば、詩織は少し照れたように視線を伏せる。
「佐野さんと来たかったので」
その一言だけで十分だった。だからこそ、胸が痛かった。
「そっか」
そう返すだけで精一杯だった。それから花火が始まるまで二人は他愛のない話をした。イベントの思い出、これからの仕事のこと、二人の会話はゆっくりだけど途切れなかった。
——ドンっ
大きな音ともに夜空に綺麗な花火が打ち上がる。花火が始まると、二人はただ静かに空を見上げていた。花火の淡い光が詩織の横顔を照らす。樹は花火より、詩織の横顔から目が離せなかった。何発目かの花火が夜空に咲く頃には、肩が触れてもどちらも離れようとしなかった。
「綺麗でしたね」
花火が終わるとぽつりと詩織が呟いた。
「綺麗だった」
何が、とは言わない。しばらくその場に座ったまま人混みが落ち着くのを待つ。どちらも何も言わない。
「そろそろ行くか」
樹は立ち上がると詩織に手を差し出した。詩織は驚いたように樹の顔と手を見比べる。
「人、多いからさ」
そう言って笑う樹に詩織もふっと笑みを浮かべた。差し出された手を取りゆっくり立ち上がる。
手を繋いだまま二人は駅に向かって人混みに沿って歩く。言葉はどちらもない。その沈黙は心地いいものだった。
「じゃあ……」
駅に着くと、詩織が名残惜しそうに呟く。離れかけた手に、思わず力が入った。詩織が驚いたように樹を見上げる。
(……しまった)
「車、こっちだから」
咄嗟にそう言って樹は歩き出した。
助手席に詩織を乗せ、パーキングを出る。車内にはカーステレオからの音楽が僅かに流れる。
「疲れてない?」
「平気です」
「……眠たかったら寝てもいいよ」
「……寝ないです」
少しだけ意地を張ったような返事に思わず樹は笑みを零した。
信号待ちで隣を見ると、詩織は窓の外を眺めていた。浴衣姿の人たちが笑いながら歩いていく。
「楽しかったな」
「私もです」
それだけで十分だった。
「ここで大丈夫です」
マンションの近くで車を止める。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。」
「また、行きましょうね。おやすみなさい。」
詩織はそう言ってドアを閉めると手を振ってマンションへ向かって歩き出した。
「また、か……」
小さく呟く。樹は詩織の姿が見えなくなるまで車を動かせなかった。
夕暮れの駅前は、浴衣姿の人で溢れていた。少し早めに着いた樹は近くのパーキングに車を停めて待ち合わせの時計台の下で待っていた。人が多いだろうから迎えに行くと言うと駅での待ち合わせを提案された。
「そろそろ時間か」
腕時計で時間を確認したその時——
「すみません。お待たせしました。」
聞こえた声に顔を上げて、樹の動きが止まった。
そこには浴衣に身を包んだ詩織が照れくさそうに立っていた。黒地に淡い色の朝顔が咲く浴衣は詩織にとてもよく似合っている。樹は思わず見惚れてしまう。
「……どう、ですか?」
黙り込んだ樹に詩織が少し不安そうに問う。その声に樹は少しだけ視線を逸らした。
「……すっげぇ似合ってる」
視線を合わせられないまま答えると詩織が嬉しそうにはにかんだのが見えた。
「……行こっか。」
少しして、樹は詩織に向き直る。二人は並んで歩き始めた。いつもより小さな詩織の歩幅に合わせて歩く。会場が近づくに連れて増える人並みに二人の距離が少し開きそうになる。
「……はぐれちゃ困る」
樹はそう言って詩織の手を掴んだ。あの映画館の日と同じように。詩織は一瞬驚きを見せて、嬉しそうに笑った。掴んだ手に詩織の指先がそっと絡んだ。
(今だけ……今だけだから)
樹は誰に言うでもなく心の中で呟いて、繋がれた手に少しだけ力を込めた。
会場に着くと、出店が立ち並んでいる。樹はポテトの屋台の前で足を止めた。
「お腹空いてない?」
「少しだけ」
「ポテトなら一緒に食べられるよな」
口にした瞬間、樹は自分の言葉にはっとした。
(一緒に、か……)
あまりに自然と出たその言葉に小さく苦笑する。
「一緒に食べるとたくさん、食べられますね」
そう言って微笑む詩織に樹は笑みを返した。それから二人はいくつかの屋台を回って、観覧席に向かう。
チケットを見せて観覧席に入って、案内されたのは花火が見渡せる特等席だった。
「すげぇ……」
樹は見渡して思わず呟いた。
「こんないい席、俺でよかったの?」
隣を見れば、詩織は少し照れたように視線を伏せる。
「佐野さんと来たかったので」
その一言だけで十分だった。だからこそ、胸が痛かった。
「そっか」
そう返すだけで精一杯だった。それから花火が始まるまで二人は他愛のない話をした。イベントの思い出、これからの仕事のこと、二人の会話はゆっくりだけど途切れなかった。
——ドンっ
大きな音ともに夜空に綺麗な花火が打ち上がる。花火が始まると、二人はただ静かに空を見上げていた。花火の淡い光が詩織の横顔を照らす。樹は花火より、詩織の横顔から目が離せなかった。何発目かの花火が夜空に咲く頃には、肩が触れてもどちらも離れようとしなかった。
「綺麗でしたね」
花火が終わるとぽつりと詩織が呟いた。
「綺麗だった」
何が、とは言わない。しばらくその場に座ったまま人混みが落ち着くのを待つ。どちらも何も言わない。
「そろそろ行くか」
樹は立ち上がると詩織に手を差し出した。詩織は驚いたように樹の顔と手を見比べる。
「人、多いからさ」
そう言って笑う樹に詩織もふっと笑みを浮かべた。差し出された手を取りゆっくり立ち上がる。
手を繋いだまま二人は駅に向かって人混みに沿って歩く。言葉はどちらもない。その沈黙は心地いいものだった。
「じゃあ……」
駅に着くと、詩織が名残惜しそうに呟く。離れかけた手に、思わず力が入った。詩織が驚いたように樹を見上げる。
(……しまった)
「車、こっちだから」
咄嗟にそう言って樹は歩き出した。
助手席に詩織を乗せ、パーキングを出る。車内にはカーステレオからの音楽が僅かに流れる。
「疲れてない?」
「平気です」
「……眠たかったら寝てもいいよ」
「……寝ないです」
少しだけ意地を張ったような返事に思わず樹は笑みを零した。
信号待ちで隣を見ると、詩織は窓の外を眺めていた。浴衣姿の人たちが笑いながら歩いていく。
「楽しかったな」
「私もです」
それだけで十分だった。
「ここで大丈夫です」
マンションの近くで車を止める。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。」
「また、行きましょうね。おやすみなさい。」
詩織はそう言ってドアを閉めると手を振ってマンションへ向かって歩き出した。
「また、か……」
小さく呟く。樹は詩織の姿が見えなくなるまで車を動かせなかった。
