君の声

 樹の海外赴任が伝えられて数日。
 制作部の会議室は、案件ごとの資料が机いっぱいに広げられていた。
「これは来月の商業施設のイベント。広瀬、お前がメインで担当しろ」
「はい。」
 広瀬は緊張した表情で資料を受け取る。
「スポンサーとの打ち合わせは一回目だけ俺も入る。そのあとは任せる。」
「了解です」
 返事はしたものの、不安そうな顔は隠せない。
「中原部長」
 樹は別の資料を差し出した。
「こっちに全部まとめてあります。連絡先も進行表も入れてあるので、何かあればすぐ確認できます」
「お、助かる」
 中原は資料をめくりながら頷いた。
「……お前らしいな」
 樹は少し笑う。
「念には念を。準備を怠るな。教えてくれたのは中原さんですよ」
 その日から、樹の机の上に積まれていた資料は、一つ、また一つと減っていった。

『お疲れさまです。今日こんなもの見つけちゃいました』
 詩織から届いたメッセージに添えられていたのは四葉のクローバーの写真だった。
『打ち合わせの帰りに偶然(*´ω`*)おすそ分けです(*´▽`*)』
「いや、偶然見つけるものか?」
 画面を見つめながら樹は思わず笑う。
『探したの?』
『偶然です!』
「絶対嘘だろ」
 樹は小さく吹き出した。
 やりとりはあの日からずっと続いていた。「おはよう」「お疲れさま」そんな何気ない言葉を交わすだけの日々。それでも樹にとってはかけがえのない時間だった。
『そう言えばもうすぐお盆ですね』
 シャワーを浴びて戻ってくるとそんなメッセージが入っていた。
『忘れてた。白石さんは休み?』
 すぐ既読が付いてメッセージが返ってくる。
『お休みです。佐野さんは?』
 ふと樹の手が止まった。海外赴任前で今回は休みをもらっていた。少しだけ考えて文字を打つ。
『俺も。イベントの成功報酬(笑)』
『どこかへ行かれますか?』
『特に決めてないな。』
 既読はすぐについた。それでも返事はなかなかこない。樹は気に留めずに冷蔵庫からビールを取り出した。プルタブを開けると同時にスマートフォンが通知を知らせた。
『もし、ご予定がないなら、一緒に花火大会行きませんか?』
 思わず樹はビールを落としそうになった。それは詩織から初めての誘いだった。
『実は打ち合わせで観覧券を貰ったんです。』
『せっかくなら一緒にどうかなって』
 立て続けに届くメッセージに樹は思わず笑みを零す。
 ——誘う理由まで慌てて付け足している。そんな詩織らしさが可愛くて、嬉しかった。
『喜んで』
 一言だけ返す。すぐに既読がついた。持ち直したビールを飲みながら返事を待つ。
『ありがとうございます』
 少しして可愛らしいイルカがお辞儀をするスタンプとともに一言だけ届いた。