君の声

 イベントが終わって数日。会社はもう次の仕事へと動き始めていた。
 朝礼で、中原が連絡事項を伝える。
「以上、今日の連絡はそんなところだ」
 中原は一度手元の資料を閉じる。
「……最後にひとつ。みんなに社長から報告がある」
 そう言うと中原の後ろに控えていた神崎が一歩前に出た。社員の視線が神崎に集まる。
「そう固くならないでいいよ。海外に拠点を作る話はみんな知ってるよな?」
 社員が頷く。
「佐野」
「はい。」
「今日付けで正式に辞令を出す。」
「はい。」
 樹が頷いたあと、神崎は社員を見回した。
「——佐野に、アメリカ支店立ち上げのために現地に行ってもらうことになった。」
 一瞬、社内が静まり返る。
「えっ……」
「マジですか?」
 あちこちから驚きの声が漏れる。
「期間は一年程度。その間に佐野には現地で体制を作ってもらう。」
 神崎は樹へ目を向ける。
「しばらくはバリバリ動いてもらうぞ」
 神崎は笑って肩をすくめた。中原が笑いながら言った。
「そう言うことだから、みんな、送り出してやってくれ」
 その一言に、社員たちから自然と拍手が起こった。
「おめでとうございます!」
「頑張ってください!」
 祝福の声が飛び交う中——広瀬だけは拍手する手が止まっていた。
 
「先輩、俺に出来ると思いますか」
 朝礼が終わり自席に着いた樹に広瀬が呟いた。
「不安か?」
 樹の問いに広瀬は力なく頷いた。
「俺、まだまだだし、先輩みたいにできませんよ」
 しょんぼりと肩を落とす広瀬に樹は苦笑いを浮かべる。海外赴任を伝えたあの日から、広瀬が無理に明るく振る舞っていることには気づいていた。
「俺になろうとしなくていい。俺は俺だし、お前はお前。広瀬らしくやればいい」
「でも……」
「——お前育てたの誰?」
「……先輩」
「でしょ。」
 樹はいつものように笑った。
「何かあったらいつでも連絡してくればいい。ほら、報告書。仕上げるぞ」
 広瀬の背中を叩いて自席へ促す。そのとぼとぼと戻る背中を樹は黙って見つめていた。