君の声

 翌朝。イベントの最終日。少し早く目が覚めた樹はシャワーを浴びると、机に置いた企画書をめくった。入社当時から温めた今回の企画。まさかこんな形で実現できるとは思ってもいなかった。このイベントがきっかけで詩織と再会することも。
「……行くか」
 誰もいない部屋で呟いて家を出た。
 目的の場所に着き、パーキングに車を止めると樹はスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。軽快な音楽が少しだけ流れて止まる。
『……はい。』
 出たのは詩織だった。
「朝からごめん。」
『いえ。どうしたんですか?』
「今日、一緒に行かないか。」
 電話の向こうで詩織が小さく声をあげる。
『……行きたいです』
 詩織の返事に樹の口元が緩む。
「じゃあ、下で待ってる。」
『え!もう!?わ、すぐ行きます』
 急に慌て始める詩織が可笑しくて声を出して笑う。
「ゆっくりでいいから。準備できたら出てきなよ」
『すぐできます!!』
 声の向こうでドアが閉まる音がする。
「鍵はちゃんとしめなよ」
『分かってます!待っててください。すぐ行きます』
「……うん、待ってるよ」
 樹の声はどこまでも優しい。繋がれたままの通話から詩織の足音が響く。少しして、目の前の自動ドアが開いた。樹はゆっくり通話を切る。
「……お待たせしました」
 少し照れた笑顔を見せる詩織に樹は「おはよう」と笑う。
「おはようございます」
「行こっか」
 二人は並んで歩き始めた。助手席のドアを開け、詩織を促す。小さくお礼を言って乗り込んだ詩織を見届け、シートベルトを締めた彼女が顔を上げる少し前、樹は運転席に回った。
 パーキングを出た車は水族館へ向かって走る。
「朝早かったけど、寝てた?」
「起きてましたよ。なんだか落ち着かなくて目が覚めちゃいました。」
「俺もそんなとこ。」
「でも、どうして急に?」
 詩織が不思議そうに尋ねる。樹は前を向いたまま答えた。
「……夜の道は走ったけど朝はないなって思ったから」
「え?」
「白石さんを乗せて、何度もこの道を走ったでしょ。でも朝の海岸線はなかった」
 詩織は黙って耳を傾ける。
「見せたかった。……外、見て」
 樹の声に詩織は窓の外に目を向ける。朝日に照らされ、キラキラと光る水面が一面に広がっていた。
「すごい、キレイ……」
「でしょ」
「宝石みたい」