キスから始まる恋は甘くて苦い

「おはよ」

 いつもの曲がり角で声を掛けられたほたるはビクッと体をこわばらせた。

「おっ、おはようございます」

 無意味に緊張して声が上ずってしまう。

「ごめん、返すの忘れてた」

 メガネを差し出されて、ほたるはようやく顔を上げた。黒い傘の下、蒼一がはにかんでいる。

「あっ、は、はい」

 ドキンと心臓が脈打ち、慌てて視線を外す。
 見ていたいのに、なぜか見ていられない。
 ほたるは動揺しながら、受け取ったメガネを片手で掛けようと試みる。

「貸してみ」

 見かねた蒼一がメガネを取り上げた。傘の柄を肩と首の間に器用に挟み、メガネのつるを黒髪に滑り込ませてくる。

「ありがとう、ございます」

 蒼一が指で頬をなぞるとほたるはピクンと体を震わせた。

「行こうか」

 警戒されているような気がした蒼一はパッと手を離した。

 そりゃあ、そうだよな。

 だけど、拒絶されたわけじゃないよな?

 いや、でも、怖がらせたのか……?

 昨夜、何度も自問自答したことが再び頭をめぐる。ベッドの上で出来心からメガネを掛けてみたことも。
 あのときは度が入っていないことに気づいて混乱した。永瀬まひるも同じようなメガネをしていた記憶があるから余計に。
 姉妹でもおそろいのメガネなのか、お下がりなのか……ただのファッションというオチまで想像した。

 まさか、麻生のマネをしてるってことは――さすがにないよな?

 憶測を巡らせていたけれど、やがて考えるのが面倒になって眠りに落ちた。
 けれど、この空模様のように蒼一の気分は晴れないでいた。