初夏の風が、ゆったりと流れる昼さがり。
わたしたちは校門前のバスロータリーにやってきて。
ふたりで……掲示物をはりかえていた。
「市野さん。こ、これでどうかな?」
特大サイズのポスターを掲示板にはるために。
その彼は精一杯背伸びをしながら、両腕を限界まで広げていて。
「少しさがって、見てもいい?」
わたしがバランスを見たいと声をかけると、やや苦しそうな姿勢にもかかわらず。
「バ、バスに気をつけて」
きちんと、わたしの心配をしてくれる。
……まだ次のバスまでは、たっぷり時間があるはずなのに。
そのひとことが、いかにも彼らしいと。
わたしは軽い足取りで、一歩ずつうしろにさがりながら。
「ありがと」
彼が振りかえれないのをいいことに。
その背中に向かって、ついはにかみながら答えてしまう。
……要するに海原昴君とは、わたしにとってそんな存在だ。
ちなみに、この春から同じ二年一組で前の席に座るこの彼は。
ひょんなことから、一年生にして放送部の部長になったあと。
以降ことあるごとに、なにかの『委員長』として。
我らが私立『丘の上』高校において、さまざまな『肩書き』を手にいれてきた。
その理由について海原君は。
放送部そのものが、学校の『便利屋』みたいなものな上。
「そこでたまたま、部長だからだよ」
そういってひとり謙遜しているものの。
校内の多くの人は、これはひとえに。
彼の『ひとがら』によるものだと知っている。
事実、同級生たちや先輩たちはもちろん。
先生たちも海原君には、非常に厚い信頼を寄せていて。
それは『ある人』が先日、本人に自覚を求めたように。
彼はいまや、『学校のリーダー』と呼ぶべき存在なのだ。
とはいえ海原君は、たとえばすこぶる『イケメン』だとか。
いわゆる『陽キャ』とか『一軍』みたいな存在でもなくて。
基本的にはボーッとしていて。
どこまでもマイペースな上に、なにかとズレていて。
おまけに、決定的に『鈍い』こともあったりして。
……あれ? もしかしてわたし、途中からほめていないよね?
と、とにかく。
海原君というのは、いうなれば。
唯一無二で、超一流の……学校の『便利屋』だ。
「……あの、市野さん?」
「えっ? ご、ごめん!」
ふと気がつくと、海原君が近くに立っていて。
わたしの古巣でもある、女子バレーボール部の三年生の部長と副部長が。
こちらに手を振っていると教えてくれる。
「千雪、バイバイ!」
「千雪、またね〜!」
小走りでバスに向かうふたりはそれから。
「海原君、よろしく!」
部長が拝むような顔で、声をかけ。
元放送部員でもある、副部長にいたっては。
妙に親しげなアイコンタクトをしてみせて。
それから彼にだけ、今度は小さく手を振っている。
「もう。またなにか、頼まれたの?」
思わず頬を少しふくらませたわたしに、当然彼は気がつかない上に。
「……ま、まぁね」
それだけ答えて、なぜだか微妙に目をそらす。
あとで思えばわたしはこのとき。
彼の声のトーンや、微妙な表情の変化について。
もう少し『なにか』を感じ取るべきだったのに。
わたしはわたしで、いろいろと考えをめぐらせるのに必死だったので。
ここで『大切ななにか』を……見落とした。
ふたりを乗せたバスが、ゆっくりと動きだし。
わたしたちが並んで先輩たちを見送ると。
ロータリーには再び、静寂が訪れる。
……いまは彼と、ふたりきり。
本当はそろそろ、放送室に戻る時間なのだけれど。
「ねぇ、海原君?」
わたしは彼に。
「『裏道』から戻らない?」
思いきって……聞いてみる。
「えっ……」
バスロータリーから校舎へは、まっすぐに『並木道』が続いていて。
登下校の混雑どころか、ひとけのないこの時間帯に。
なにもわざわざ『裏道』で戻る必要はない。
ただ、返答につまった君の場合。
本当の理由はそれとは……別のところにあるんだよね?
……だからこそ、お願い。
放送部ですごした日々の経験から。
この彼を動かすためには、ある程度の強引さが必要だと学んだわたしは。
「じゃ、いこっか?」
短く告げると、ひとり先に長い階段をのぼりだす。
……お願いだから、ついてきて。
この先の『裏道』が、君にとって特別な場所なのは知っている。
たとえば、この春卒業したふたつ上の先輩。
あるいはつい先日、突然留学に出たひとつ上の先輩。
君のことを『大好きな』ふたりとの、とっても大切な『想い出』が。
この道にあふれているのは知っている。
でも。だからね、海原君。
わたしはいまこそ……『ふたりだけ』で歩いてみたいんだ。
立ちどまって振り返りたい気持ちを我慢して。
祈るような気持ちを、こめながら。
わたしは階段を、ゆっくりとのぼっていく。
君はそのとき、ずっと無言のままでいたので。
きっといろいろな『過去』について……思いだしていたのかもしれない。
……でもね、海原昴君。
わたしの視線の先には、大きくて青い空が見えていて。
「きれい……」
自然と、そんな言葉がでるくらい。
すでにわたしの『景色』は変わっていたの。
……そう、要するにわたしは。
君との『未来』を。
ここから……はじめるつもりでいた。

