声が、低くなった。
あきらめと、吐息、それと、それ以外の感情が混ざったような声色だった。
「本当にあなたは、昔から変わらずそういう人なんですね」
昔から……?
聞き返そうとして、顔を上げた。
その動きの途中だった。
視界の先で、彼の輪郭が動いた。
非常灯の緑が、頬の線を薄く照らしている。
窓の外で、製造棟の明かりがひとつずつ落ちていく。
胸元の名簿越しに、彼の息がかかる距離だった。
近い、と思ったのに、足は一歩も下がらなかった。
下がらなきゃいけない相手だ。
仕事の人だ。
分かっているのに、体が彼を受け入れてしまう。
目を、閉じたのか、閉じなかったのか。
あとで思い返しても、そこだけが分からない。
距離が、消えた。
唇に、一瞬だけ、体温が触れて、離れた。
名簿の束が、腕の中でずれる。
落ちる、と思ったところを、大きな手が横から支えた。
名簿は、落ちなかった。
(……え)
目の前に、篠宮の顔があった。
近い。
近い近い。
彼はゆっくりと一歩下がって、いつもの距離に戻った。
そして、耳掛けの髪を一度だけ直す。
もともと、綺麗に整っているはずなのに。
「……今のは」
声が、珍しく、続きを探していた。
「すみません、ただ、どうしても止められなくて」
説明会で何百の質問に迷いなく答えていた人が、たった一つの行動を説明できないでいる。
