見ています、の主語が「私が」だったことに、少し驚いた。
人事でも、会社でもなく。
「……見てる」
「それ以上は、まだ言えません。言えないことを、言えないと言える相手にしか、このことは言わないので」
妙な言い回しだった。
でも、突き放された感じは、しなかった。
むしろ、ほんの少しだけ、彼の内側に入れてもらった気がする。
「倉橋さんは」
篠宮が、缶を机に置く。
「見てしまったものを、放っておけない人ですね」
「……仕事ですし、もう見てしまいました」
「なんでもかんでも見ることが仕事ではないと思います。時には見逃したほうがいいものもある」
声のトーンが、わずかに落ちた。
「あなたが気に病むことじゃない。背負うのは、首切り屋の仕事だ」
敬語が、そこだけ外れていた。
自虐のような言い方だった。
ただ、そこに覚悟のようなものを、このみは感じた。
(今……)
顔を上げると、既に篠宮はこのみから視線を外している。
さっきの声なんて出していないみたいな、仕事用の顔だ。
聞き返す隙も、確かめる隙も、なかった。
でも、確かに聞いた。
首切り屋の仕事だ、と。
缶の中身を、意味もなく一口飲む。
ぬるくて甘い。
舌に、その甘さがはっきりと残った。
喉ではなく、今度は頬のあたりが、まだ熱かった。
スマホが、机の上で光った。
千夏だった。
『岡本くんとのごはん、流れたんだって? かわいそ〜』
『流れたっていうか、向こうが忙しいみたいで』
『ふーん。まあこのみ、最近それどころじゃなさそうだしね。岡本くん、ドンマイだわ』
