第2話 「デート?」
暁寮を出て、信先輩と並んで歩く。
「そういえば。」
「はい?」
信先輩が思い出したように口を開いた。
「蓮先輩にさ。」
「デートならちゃんとエスコートしろって言われた。」
「……。」
私はピタッと足を止めた。
「……デート?」
「って蓮先輩が言ってた。」
「デートじゃないです!」
「俺に怒るなよ!」
信先輩も思わず足を止める。
「お兄ちゃんも悠も!」
「なんでデートにしたがるんですか!」
「知らねぇよ!」
「俺だって昨日までは普通に甘いもん食いに行くつもりだったよ!」
「昨日までは?」
「……。」
「……。」
信先輩は少し考える。
「今日もだよ。」
「今、間ありましたよね?」
「気のせい。」
「ありました!」
信先輩は面倒くさそうに頭をかいた。
「じゃあお前は。」
「俺とデートすんの嫌なの?」
「え?」
「……。」
思ってもいなかった質問に言葉が止まる。
「い、嫌とかじゃなくて……。」
「じゃあいいじゃん。」
「よくないです!」
「なんでだよ。」
「分かんないです!」
「なんだそれ。」
信先輩は笑いながら、また歩き始めた。
私は少し遅れて、その後を追いかける。
デート。
またその言葉が頭に浮かんだ。
ただ甘いものを食べに行くだけなのに。
なんでこんなに、気になるんだろう。
「パンケーキだよな。」
信先輩はスマホを取り出した。
「ちょっと調べるから。」
「あ。」
「私も調べます。」
私もスマホを取り出して、近くのお店を探し始める。
「……。」
「……。」
少しの間、二人とも無言でスマホを見ていた。
「あ!」
良さそうなお店を見つけて、私は信先輩の方を見る。
「信先輩!」
「ここ!」
「どうですか?」
「ん?」
「どれ?」
信先輩が私のスマホを覗き込む。
「……っ。」
思っていたより近い。
少し動けば肩が触れそうなくらい。
「ここか。」
信先輩は画面を見ながら呟く。
「美味そうだな。」
「は、はい……。」
ドクン。
また心臓が鳴った。
さっきまでなら、こんなの気にしなかったはずなのに。
「あ、あの。」
「ん?」
「ち、近いです……。」
「……。」
信先輩は一瞬止まる。
「あ。」
「お、おう。」
すぐに少し離れた。
「わりー。」
「い、いえ。」
私は誤魔化すようにスマホへ目を落とした。
(もー!)
(悠とお兄ちゃんのせいで、変に意識しちゃってるよ!)
デートなんて言われなかったら。
絶対、こんなの気にしなかったのに。
多分。
「じゃ。」
信先輩はスマホをポケットにしまった。
「ここ向かうか。」
「は、はい。」
私はスマホを握りしめながら、信先輩の隣を歩き始めた。
お店に向かって歩いている間。
さっきのことを意識してしまって、少しだけ気まずい空気が流れていた。
「あ。」
信先輩が突然足を止める。
「鈴。」
「俺、ちょっと飲み物買って来るから待ってろよ。」
「はい。」
「絶対動くなよ。」
「あと余計なことするな!」
「分かったな?」
「分かりました。」
私は少し呆れながら答える。
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。」
「いや。」
信先輩は真面目な顔で言った。
「お前になんかあったら。」
「俺、暁寮帰れない。」
「……。」
一瞬、言葉に詰まる。
「へ、変なこと言ってないで!」
「早く行ってください!」
「へいへい。」
信先輩は笑いながら歩き出す。
「あ、何がいい?」
「先輩に任せます。」
「うわ。」
「一番難しいやつ。」
「じゃあ適当に買ってくるわ。」
「了解、お姫様!」
「信先輩!」
私が声を上げると、信先輩は笑いながら逃げるように行ってしまった。
「もう……。」
私は近くにあったベンチに座る。
しばらくスマホを見ながら待っていると。
「あれぇー?」
知らない声が聞こえた。
「お姉さん、一人?」
「……。」
私は聞こえないふりをしてスマホを見る。
「無視しないでよぉー。」
「あの。」
私は少し距離を取りながら答える。
「私、先輩待ってるので。」
「えー。」
「いいじゃん。」
「ちょっとだけ話そうよ。」
(あー……最悪。)
(なんで今日に限って。)
どうしようか考えていると。
「あ、本当だぁー。」
後ろから聞き覚えのある声がした。
「お姉さん可愛い。」
「一人?」
「……。」
この声。
私は顔を上げる。
そこには飲み物を二つ持った信先輩が立っていた。
「信先輩……。」
信先輩はそのまま私の隣まで来る。
「は?」
男の人が信先輩を見る。
「お前誰だよ?」
「え?」
信先輩は何でもないような顔で答えた。
「俺?」
そして私の隣に立つ。
「こいつの彼氏っすけど?」
「……え?」
思わず信先輩を見る。
「なんだよ。」
男の人はつまらなそうに言った。
「彼氏いたのかよ。」
そう言って、そのままどこかへ行ってしまった。
姿が見えなくなると。
「鈴。」
信先輩はすぐに私を見る。
「大丈夫か?」
「……。」
「鈴?」
「先輩。」
「ん?」
「変なこと言われたって、お兄ちゃんに言いますね。」
「は!?」
信先輩が目を見開く。
「いや!」
「俺、助けたじゃん!」
「だからって!」
私は顔が熱くなるのを感じながら言った。
「彼氏ってなんですか!」
「仕方ねぇだろ!」
「一番手っ取り早かったんだよ!」
「他にもあったでしょ!」
「じゃあ何て言えばよかったんだよ!」
「友達とか!」
「友達じゃねぇだろ。」
「じゃあ先輩!」
「それで引かなかったらどうすんだよ!」
「……。」
「……。」
信先輩は大きくため息をついた。
「とにかく。」
持っていた飲み物を私に差し出す。
「なんもされてない?」
「……はい。」
「ならいい。」
そう言って安心したように息を吐く信先輩を見て。
怒っていたはずなのに。
また少しだけ、胸がうるさくなった。
しばらく歩いて、目的のパンケーキ屋に着いた。
「ここだな。」
「はい!」
店内に入り、向かい合って席に座る。
メニューを開くと、美味しそうなパンケーキがたくさん並んでいた。
「うわぁー。」
「これも美味しそう。」
「こっちも……。」
「鈴。」
「はい?」
「さっきまで怒ってた奴とは思えないな。」
「だってパンケーキですよ!」
「意味分かんねぇ。」
信先輩は笑いながらメニューを見る。
私もどれにしようか悩んでいた。
その時。
ふと。
さっきの言葉が頭の中に蘇った。
『こいつの彼氏っすけど?』
「……。」
彼氏。
信先輩が。
私の。
「……。」
「鈴?」
「……。」
「おーい。」
「え?」
顔を上げると、信先輩が不思議そうに私を見ていた。
「お前。」
「顔赤くね?」
「……っ!」
私は慌ててメニューで顔を隠す。
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「は?」
「俺!?」
「先輩以外に誰がいるんですか!」
「なんでだよ!」
「さっき!」
そこまで言って、私は口を閉じた。
「さっき?」
「……。」
言えるわけない。
彼氏って言われたのを思い出してました、なんて。
「な、なんでもないです!」
「絶対なんかあるだろ。」
「ありません!」
「じゃあ顔見せろよ。」
「嫌です!」
「なんでだよ。」
信先輩が笑いながら、私が持っているメニューを少し下げようとする。
「ちょ、やめてください!」
「顔見せろって。」
「嫌です!」
「鈴。」
「嫌!」
そんなやり取りをしているうちに。
さっきまで気まずかったことなんて、すっかり忘れていた。
「ゴホン!」
私は誤魔化すように咳払いをした。
「と、とりあえず!」
「頼みましょ!」
「そうだなー。」
信先輩はメニューに目を落とす。
「何にすっかなー。」
「鈴は?」
「決まった?」
「あー……。」
私はメニューをじっくり見る。
「このいちごパフェ美味しそ。」
「あ。」
「こっちの生クリームたっぷりパンケーキも美味しそうだなー。」
「んー。」
「迷うなー。」
「お前。」
信先輩が呆れたように私を見る。
「パンケーキ食いに来たのに、なんでパフェ見てんだよ。」
「だって!」
私はメニューを信先輩に見せる。
「信先輩、見てくださいよ!」
「このいちごパフェ!」
「いちごにチョコソースかかってるんですよ!」
「絶対美味しそうですよ、これ!」
「……。」
信先輩はメニューを見る。
「確かに美味そうだけど。」
「でしょ!」
「なら、どっちも頼めよ。」
「えぇ!?」
私は首を横に振る。
「どっちもなんて食べられないですよ!」
「じゃあ。」
信先輩はメニューを指差した。
「俺がパンケーキ頼む。」
「え?」
「お前パフェ頼めば?」
「でも私、パンケーキも食べたいです。」
「だから。」
信先輩は何でもないことみたいに言う。
「俺の食えばいいじゃん。」
「……。」
「え?」
「一口くらいやるよ。」
「……いいんですか?」
「いいよ。」
「じゃあパフェにします!」
「即決じゃん。」
「だって両方食べられるならパフェですよ!」
「欲張りだなー。」
「信先輩がいいって言ったんじゃないですか!」
信先輩は笑いながら店員さんを呼んだ。
「じゃ。」
「いちごパフェ一つと、生クリームのパンケーキ一つ。」
「お願いします。」
注文を終えてから、私はふと思った。
信先輩のパンケーキを、一口もらう。
「……。」
また悠の言葉が頭をよぎる。
『それデートやん!』
「……。」
「今度はなんだよ。」
「な、なんでもないです!」
「今日それ何回目だよ。」
しばらくして。
「お待たせしました。」
目の前にいちごパフェとパンケーキが置かれた。
「わぁー!」
思わず声が出る。
「見てください信先輩!」
「いちごいっぱい乗ってます!」
「良かったな。」
信先輩は笑いながらパンケーキにナイフを入れる。
「信先輩のも美味しそう。」
「お前、自分の来たばっかだろ。」
「だって気になるじゃないですか。」
「はいはい。」
信先輩はパンケーキを一口食べる。
「ん。」
「うま。」
「え!」
私は思わず身を乗り出した。
「食べたいです!」
「だから一口やるって。」
「やった!」
信先輩がパンケーキを切ろうとした、その時。
「あ、借りますね。」
私は信先輩のフォークを手に取った。
「え?」
そのままパンケーキを一口分切って。
ぱくっ。
「んー!」
「美味しい!」
「……。」
「生クリームも甘すぎなくて美味しいですよ!」
「……鈴。」
「はい?」
「それ。」
信先輩は私の持っているフォークを指差した。
「俺の。」
「え?」
私はフォークを見る。
「あ。」
「すみません!」
慌ててテーブルに戻す。
「間違えちゃいました。」
「……いや。」
信先輩は少しだけ顔を逸らした。
「別にいいけど。」
「?」
なんだろう。
耳、赤い?
「信先輩。」
「何。」
「耳赤いですよ?」
「うるさい。」
「暑いんですか?」
「違う。」
「じゃあなんで?」
「いいからパフェ食ってろ!」
「なんで怒るんですか!」
私は少し不満に思いながら、パフェを一口食べる。
「ん!」
「やっぱり美味しい!」
「さっきからうまそうに食うなー。」
「食べます?」
「ん。」
「じゃあどうぞ。」
私はパフェを信先輩の方へ少し押した。
「……。」
信先輩はパフェを見る。
そして。
私が使っていたスプーンをそのまま手に取った。
「え。」
ぱくっ。
「ん。」
「確かにうまい。」
「……。」
「鈴?」
「……。」
「おーい。」
「な、なんで!」
「何が?」
「なんで私のスプーン使うんですか!」
「は?」
信先輩はスプーンを見る。
「お前も俺のフォーク使っただろ。」
「そ、それは間違えただけです!」
「じゃあこれでおあいこ。」
「おあいこって……。」
さっきまで何も考えてなかったのに。
自分がされた瞬間。
急に恥ずかしくなった。
「……。」
「また顔赤いぞ。」
「誰のせいですか!」
「今日そればっかじゃん。」
信先輩は楽しそうに笑っていた。
「もう!」
私は誤魔化すようにパフェを食べる。
だけど。
さっき信先輩が使ったスプーンを見て。
もう一度使うのを、ほんの少しだけ躊躇した。
「……。」
「何してんの?」
「な、なんでもないです!」
「今日ほんと変だぞ、お前。」
「信先輩のせいです!」
「だからなんでだよ!」
結局。
その後も信先輩にからかわれながら、二人で甘いものを食べた。
デートじゃない。
ただのお詫び。
そう思っていたはずなのに。
なんだか今日は、いつもの信先輩との時間とは少しだけ違って感じた。
ゲームセンターに着くと、たくさんのUFOキャッチャーが並んでいた。
「わぁー。」
私は一台ずつ見ながら歩いていく。
その時。
「あ!」
思わず足を止めた。
「これ!」
「悠が好きなぬいぐるみだ!」
「へー。」
信先輩も隣から覗き込む。
「なら、やってみな。」
「分かりました!」
私は財布からお金を取り出した。
「これなら取れそう。」
狙いを定めて、ボタンを押す。
アームがゆっくりと下りていく。
「……。」
持ち上がった。
「あ!」
「いける!」
そう思った瞬間。
ポトッ。
「あぁー!」
信先輩が隣で笑う。
「惜しい、惜しい。」
「もう一回です!」
二回目。
取れない。
三回目。
また取れない。
そして四回目。
「今度こそ!」
アームがぬいぐるみを掴む。
「きた!」
「お。」
そのまま持ち上がって。
ポトッ。
「……。」
「……。」
「あはははは!」
信先輩が吹き出した。
「お前も下手くそだなー!」
「もう!」
私は信先輩を見る。
「そんなこと言うなら!」
「信先輩が取ってくださいよ!」
「おう。」
信先輩は自信満々に前へ出る。
「任せろ!」
「詩音のせいで、めっちゃ上手いからなー。」
「……。」
「あ。」
信先輩の表情が一瞬止まった。
「わりー。」
「え?」
私は信先輩を見る。
「なんでですか?」
「いや。」
信先輩は少し気まずそうに目を逸らす。
「ほら……。」
「……。」
「いいから!」
私は無理やり明るい声を出した。
「早く取ってくださいよ!」
「え?」
「ほら!」
私は信先輩の背中を押す。
「早く、早く!」
「分かったって。」
信先輩はUFOキャッチャーの前に立った。
私はその後ろで。
下を向いた。
顔を上げられなかった。
(……何やってるんだろ、私。)
朝から服を選んで。
デートって言われて変に意識して。
顔が近づいただけでドキドキして。
彼氏って言われただけで恥ずかしくなって。
同じフォークを使ったことまで気にして。
一人で勝手に浮かれてた。
(私、浮かれすぎてた。)
信先輩には。
ずっと大切に想っている人がいる。
(詩音さんが、いるんだから。)
「鈴。」
「……。」
「鈴?」
「え?」
顔を上げると。
信先輩の手には、さっきまで取れなかったぬいぐるみがあった。
「ほら。」
私に向かって差し出す。
「取れたぞ。」
「あ……。」
「ありがとうございます。」
私はぬいぐるみを受け取った。
嬉しいはずなのに。
さっきまでみたいに、素直に笑えなかった。
その後は。
なぜか時間の流れが、すごく長く感じた。
さっきまであんなに楽しかったはずなのに。
私は何度も、詩音さんの名前を思い出していた。
「よし!」
信先輩が時間を確認する。
「そろそろ帰るか!」
「そ、そうですね。」
私は小さく頷いた。
帰り道。
信先輩はいつも通り話しかけてくれた。
私もいつも通り返していたつもりだった。
でも。
行きとは少しだけ違う。
そんな気がした。
しばらく歩いて、暁寮に着く。
ガチャ。
「ただいまー。」
「ただいまです。」
食堂に入ると、悠がすぐにこちらを見た。
「お!」
「すーと信先輩、帰ってきた!」
「あ。」
私は持っていた袋を思い出す。
「悠。」
「ん?」
「これ。」
袋から、さっき取ってもらったぬいぐるみを取り出した。
「信先輩に取ってもらったやつだけど。」
「悠にあげるよ。」
「え!?」
悠の顔が一気に明るくなる。
「え、ええの!?」
悠は嬉しそうにぬいぐるみを受け取った。
「やったー!」
「すー!信先輩!」
「ありがとう!」
「俺は取っただけだけどな。」
信先輩は笑いながら答えた。
「でもこれ、めっちゃ欲しかったやつや!」
悠は嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる。
その姿を見て、私は少しだけ笑った。
「良かった。」
「そんでぇー。」
悠がニヤニヤしながら私を見る。
「デート、どうだったん?」
「……。」
朝だったら。
きっと私は、すぐに否定していた。
でも今は。
「デートじゃ無いよ。」
それだけ言って、私は静かに食堂を出た。
自分の部屋に戻り、扉を閉める。
「……。」
今日のことが、頭の中をぐるぐると回る。
信先輩の顔が近づいてきたこと。
『こいつの彼氏っすけど?』
そう言って助けてくれたこと。
一緒に甘いものを食べたこと。
同じスプーンを使ったこと。
全部。
楽しかった。
でも。
『詩音のせいで、めっちゃ上手いからなー。』
その言葉も、頭から離れなかった。
私はベッドに腰を下ろす。
「……全然。」
小さく呟いた。
「デートじゃ無い。」
誰に言うでもなく。
自分に言い聞かせるように、そう言った。
暁寮を出て、信先輩と並んで歩く。
「そういえば。」
「はい?」
信先輩が思い出したように口を開いた。
「蓮先輩にさ。」
「デートならちゃんとエスコートしろって言われた。」
「……。」
私はピタッと足を止めた。
「……デート?」
「って蓮先輩が言ってた。」
「デートじゃないです!」
「俺に怒るなよ!」
信先輩も思わず足を止める。
「お兄ちゃんも悠も!」
「なんでデートにしたがるんですか!」
「知らねぇよ!」
「俺だって昨日までは普通に甘いもん食いに行くつもりだったよ!」
「昨日までは?」
「……。」
「……。」
信先輩は少し考える。
「今日もだよ。」
「今、間ありましたよね?」
「気のせい。」
「ありました!」
信先輩は面倒くさそうに頭をかいた。
「じゃあお前は。」
「俺とデートすんの嫌なの?」
「え?」
「……。」
思ってもいなかった質問に言葉が止まる。
「い、嫌とかじゃなくて……。」
「じゃあいいじゃん。」
「よくないです!」
「なんでだよ。」
「分かんないです!」
「なんだそれ。」
信先輩は笑いながら、また歩き始めた。
私は少し遅れて、その後を追いかける。
デート。
またその言葉が頭に浮かんだ。
ただ甘いものを食べに行くだけなのに。
なんでこんなに、気になるんだろう。
「パンケーキだよな。」
信先輩はスマホを取り出した。
「ちょっと調べるから。」
「あ。」
「私も調べます。」
私もスマホを取り出して、近くのお店を探し始める。
「……。」
「……。」
少しの間、二人とも無言でスマホを見ていた。
「あ!」
良さそうなお店を見つけて、私は信先輩の方を見る。
「信先輩!」
「ここ!」
「どうですか?」
「ん?」
「どれ?」
信先輩が私のスマホを覗き込む。
「……っ。」
思っていたより近い。
少し動けば肩が触れそうなくらい。
「ここか。」
信先輩は画面を見ながら呟く。
「美味そうだな。」
「は、はい……。」
ドクン。
また心臓が鳴った。
さっきまでなら、こんなの気にしなかったはずなのに。
「あ、あの。」
「ん?」
「ち、近いです……。」
「……。」
信先輩は一瞬止まる。
「あ。」
「お、おう。」
すぐに少し離れた。
「わりー。」
「い、いえ。」
私は誤魔化すようにスマホへ目を落とした。
(もー!)
(悠とお兄ちゃんのせいで、変に意識しちゃってるよ!)
デートなんて言われなかったら。
絶対、こんなの気にしなかったのに。
多分。
「じゃ。」
信先輩はスマホをポケットにしまった。
「ここ向かうか。」
「は、はい。」
私はスマホを握りしめながら、信先輩の隣を歩き始めた。
お店に向かって歩いている間。
さっきのことを意識してしまって、少しだけ気まずい空気が流れていた。
「あ。」
信先輩が突然足を止める。
「鈴。」
「俺、ちょっと飲み物買って来るから待ってろよ。」
「はい。」
「絶対動くなよ。」
「あと余計なことするな!」
「分かったな?」
「分かりました。」
私は少し呆れながら答える。
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。」
「いや。」
信先輩は真面目な顔で言った。
「お前になんかあったら。」
「俺、暁寮帰れない。」
「……。」
一瞬、言葉に詰まる。
「へ、変なこと言ってないで!」
「早く行ってください!」
「へいへい。」
信先輩は笑いながら歩き出す。
「あ、何がいい?」
「先輩に任せます。」
「うわ。」
「一番難しいやつ。」
「じゃあ適当に買ってくるわ。」
「了解、お姫様!」
「信先輩!」
私が声を上げると、信先輩は笑いながら逃げるように行ってしまった。
「もう……。」
私は近くにあったベンチに座る。
しばらくスマホを見ながら待っていると。
「あれぇー?」
知らない声が聞こえた。
「お姉さん、一人?」
「……。」
私は聞こえないふりをしてスマホを見る。
「無視しないでよぉー。」
「あの。」
私は少し距離を取りながら答える。
「私、先輩待ってるので。」
「えー。」
「いいじゃん。」
「ちょっとだけ話そうよ。」
(あー……最悪。)
(なんで今日に限って。)
どうしようか考えていると。
「あ、本当だぁー。」
後ろから聞き覚えのある声がした。
「お姉さん可愛い。」
「一人?」
「……。」
この声。
私は顔を上げる。
そこには飲み物を二つ持った信先輩が立っていた。
「信先輩……。」
信先輩はそのまま私の隣まで来る。
「は?」
男の人が信先輩を見る。
「お前誰だよ?」
「え?」
信先輩は何でもないような顔で答えた。
「俺?」
そして私の隣に立つ。
「こいつの彼氏っすけど?」
「……え?」
思わず信先輩を見る。
「なんだよ。」
男の人はつまらなそうに言った。
「彼氏いたのかよ。」
そう言って、そのままどこかへ行ってしまった。
姿が見えなくなると。
「鈴。」
信先輩はすぐに私を見る。
「大丈夫か?」
「……。」
「鈴?」
「先輩。」
「ん?」
「変なこと言われたって、お兄ちゃんに言いますね。」
「は!?」
信先輩が目を見開く。
「いや!」
「俺、助けたじゃん!」
「だからって!」
私は顔が熱くなるのを感じながら言った。
「彼氏ってなんですか!」
「仕方ねぇだろ!」
「一番手っ取り早かったんだよ!」
「他にもあったでしょ!」
「じゃあ何て言えばよかったんだよ!」
「友達とか!」
「友達じゃねぇだろ。」
「じゃあ先輩!」
「それで引かなかったらどうすんだよ!」
「……。」
「……。」
信先輩は大きくため息をついた。
「とにかく。」
持っていた飲み物を私に差し出す。
「なんもされてない?」
「……はい。」
「ならいい。」
そう言って安心したように息を吐く信先輩を見て。
怒っていたはずなのに。
また少しだけ、胸がうるさくなった。
しばらく歩いて、目的のパンケーキ屋に着いた。
「ここだな。」
「はい!」
店内に入り、向かい合って席に座る。
メニューを開くと、美味しそうなパンケーキがたくさん並んでいた。
「うわぁー。」
「これも美味しそう。」
「こっちも……。」
「鈴。」
「はい?」
「さっきまで怒ってた奴とは思えないな。」
「だってパンケーキですよ!」
「意味分かんねぇ。」
信先輩は笑いながらメニューを見る。
私もどれにしようか悩んでいた。
その時。
ふと。
さっきの言葉が頭の中に蘇った。
『こいつの彼氏っすけど?』
「……。」
彼氏。
信先輩が。
私の。
「……。」
「鈴?」
「……。」
「おーい。」
「え?」
顔を上げると、信先輩が不思議そうに私を見ていた。
「お前。」
「顔赤くね?」
「……っ!」
私は慌ててメニューで顔を隠す。
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「は?」
「俺!?」
「先輩以外に誰がいるんですか!」
「なんでだよ!」
「さっき!」
そこまで言って、私は口を閉じた。
「さっき?」
「……。」
言えるわけない。
彼氏って言われたのを思い出してました、なんて。
「な、なんでもないです!」
「絶対なんかあるだろ。」
「ありません!」
「じゃあ顔見せろよ。」
「嫌です!」
「なんでだよ。」
信先輩が笑いながら、私が持っているメニューを少し下げようとする。
「ちょ、やめてください!」
「顔見せろって。」
「嫌です!」
「鈴。」
「嫌!」
そんなやり取りをしているうちに。
さっきまで気まずかったことなんて、すっかり忘れていた。
「ゴホン!」
私は誤魔化すように咳払いをした。
「と、とりあえず!」
「頼みましょ!」
「そうだなー。」
信先輩はメニューに目を落とす。
「何にすっかなー。」
「鈴は?」
「決まった?」
「あー……。」
私はメニューをじっくり見る。
「このいちごパフェ美味しそ。」
「あ。」
「こっちの生クリームたっぷりパンケーキも美味しそうだなー。」
「んー。」
「迷うなー。」
「お前。」
信先輩が呆れたように私を見る。
「パンケーキ食いに来たのに、なんでパフェ見てんだよ。」
「だって!」
私はメニューを信先輩に見せる。
「信先輩、見てくださいよ!」
「このいちごパフェ!」
「いちごにチョコソースかかってるんですよ!」
「絶対美味しそうですよ、これ!」
「……。」
信先輩はメニューを見る。
「確かに美味そうだけど。」
「でしょ!」
「なら、どっちも頼めよ。」
「えぇ!?」
私は首を横に振る。
「どっちもなんて食べられないですよ!」
「じゃあ。」
信先輩はメニューを指差した。
「俺がパンケーキ頼む。」
「え?」
「お前パフェ頼めば?」
「でも私、パンケーキも食べたいです。」
「だから。」
信先輩は何でもないことみたいに言う。
「俺の食えばいいじゃん。」
「……。」
「え?」
「一口くらいやるよ。」
「……いいんですか?」
「いいよ。」
「じゃあパフェにします!」
「即決じゃん。」
「だって両方食べられるならパフェですよ!」
「欲張りだなー。」
「信先輩がいいって言ったんじゃないですか!」
信先輩は笑いながら店員さんを呼んだ。
「じゃ。」
「いちごパフェ一つと、生クリームのパンケーキ一つ。」
「お願いします。」
注文を終えてから、私はふと思った。
信先輩のパンケーキを、一口もらう。
「……。」
また悠の言葉が頭をよぎる。
『それデートやん!』
「……。」
「今度はなんだよ。」
「な、なんでもないです!」
「今日それ何回目だよ。」
しばらくして。
「お待たせしました。」
目の前にいちごパフェとパンケーキが置かれた。
「わぁー!」
思わず声が出る。
「見てください信先輩!」
「いちごいっぱい乗ってます!」
「良かったな。」
信先輩は笑いながらパンケーキにナイフを入れる。
「信先輩のも美味しそう。」
「お前、自分の来たばっかだろ。」
「だって気になるじゃないですか。」
「はいはい。」
信先輩はパンケーキを一口食べる。
「ん。」
「うま。」
「え!」
私は思わず身を乗り出した。
「食べたいです!」
「だから一口やるって。」
「やった!」
信先輩がパンケーキを切ろうとした、その時。
「あ、借りますね。」
私は信先輩のフォークを手に取った。
「え?」
そのままパンケーキを一口分切って。
ぱくっ。
「んー!」
「美味しい!」
「……。」
「生クリームも甘すぎなくて美味しいですよ!」
「……鈴。」
「はい?」
「それ。」
信先輩は私の持っているフォークを指差した。
「俺の。」
「え?」
私はフォークを見る。
「あ。」
「すみません!」
慌ててテーブルに戻す。
「間違えちゃいました。」
「……いや。」
信先輩は少しだけ顔を逸らした。
「別にいいけど。」
「?」
なんだろう。
耳、赤い?
「信先輩。」
「何。」
「耳赤いですよ?」
「うるさい。」
「暑いんですか?」
「違う。」
「じゃあなんで?」
「いいからパフェ食ってろ!」
「なんで怒るんですか!」
私は少し不満に思いながら、パフェを一口食べる。
「ん!」
「やっぱり美味しい!」
「さっきからうまそうに食うなー。」
「食べます?」
「ん。」
「じゃあどうぞ。」
私はパフェを信先輩の方へ少し押した。
「……。」
信先輩はパフェを見る。
そして。
私が使っていたスプーンをそのまま手に取った。
「え。」
ぱくっ。
「ん。」
「確かにうまい。」
「……。」
「鈴?」
「……。」
「おーい。」
「な、なんで!」
「何が?」
「なんで私のスプーン使うんですか!」
「は?」
信先輩はスプーンを見る。
「お前も俺のフォーク使っただろ。」
「そ、それは間違えただけです!」
「じゃあこれでおあいこ。」
「おあいこって……。」
さっきまで何も考えてなかったのに。
自分がされた瞬間。
急に恥ずかしくなった。
「……。」
「また顔赤いぞ。」
「誰のせいですか!」
「今日そればっかじゃん。」
信先輩は楽しそうに笑っていた。
「もう!」
私は誤魔化すようにパフェを食べる。
だけど。
さっき信先輩が使ったスプーンを見て。
もう一度使うのを、ほんの少しだけ躊躇した。
「……。」
「何してんの?」
「な、なんでもないです!」
「今日ほんと変だぞ、お前。」
「信先輩のせいです!」
「だからなんでだよ!」
結局。
その後も信先輩にからかわれながら、二人で甘いものを食べた。
デートじゃない。
ただのお詫び。
そう思っていたはずなのに。
なんだか今日は、いつもの信先輩との時間とは少しだけ違って感じた。
ゲームセンターに着くと、たくさんのUFOキャッチャーが並んでいた。
「わぁー。」
私は一台ずつ見ながら歩いていく。
その時。
「あ!」
思わず足を止めた。
「これ!」
「悠が好きなぬいぐるみだ!」
「へー。」
信先輩も隣から覗き込む。
「なら、やってみな。」
「分かりました!」
私は財布からお金を取り出した。
「これなら取れそう。」
狙いを定めて、ボタンを押す。
アームがゆっくりと下りていく。
「……。」
持ち上がった。
「あ!」
「いける!」
そう思った瞬間。
ポトッ。
「あぁー!」
信先輩が隣で笑う。
「惜しい、惜しい。」
「もう一回です!」
二回目。
取れない。
三回目。
また取れない。
そして四回目。
「今度こそ!」
アームがぬいぐるみを掴む。
「きた!」
「お。」
そのまま持ち上がって。
ポトッ。
「……。」
「……。」
「あはははは!」
信先輩が吹き出した。
「お前も下手くそだなー!」
「もう!」
私は信先輩を見る。
「そんなこと言うなら!」
「信先輩が取ってくださいよ!」
「おう。」
信先輩は自信満々に前へ出る。
「任せろ!」
「詩音のせいで、めっちゃ上手いからなー。」
「……。」
「あ。」
信先輩の表情が一瞬止まった。
「わりー。」
「え?」
私は信先輩を見る。
「なんでですか?」
「いや。」
信先輩は少し気まずそうに目を逸らす。
「ほら……。」
「……。」
「いいから!」
私は無理やり明るい声を出した。
「早く取ってくださいよ!」
「え?」
「ほら!」
私は信先輩の背中を押す。
「早く、早く!」
「分かったって。」
信先輩はUFOキャッチャーの前に立った。
私はその後ろで。
下を向いた。
顔を上げられなかった。
(……何やってるんだろ、私。)
朝から服を選んで。
デートって言われて変に意識して。
顔が近づいただけでドキドキして。
彼氏って言われただけで恥ずかしくなって。
同じフォークを使ったことまで気にして。
一人で勝手に浮かれてた。
(私、浮かれすぎてた。)
信先輩には。
ずっと大切に想っている人がいる。
(詩音さんが、いるんだから。)
「鈴。」
「……。」
「鈴?」
「え?」
顔を上げると。
信先輩の手には、さっきまで取れなかったぬいぐるみがあった。
「ほら。」
私に向かって差し出す。
「取れたぞ。」
「あ……。」
「ありがとうございます。」
私はぬいぐるみを受け取った。
嬉しいはずなのに。
さっきまでみたいに、素直に笑えなかった。
その後は。
なぜか時間の流れが、すごく長く感じた。
さっきまであんなに楽しかったはずなのに。
私は何度も、詩音さんの名前を思い出していた。
「よし!」
信先輩が時間を確認する。
「そろそろ帰るか!」
「そ、そうですね。」
私は小さく頷いた。
帰り道。
信先輩はいつも通り話しかけてくれた。
私もいつも通り返していたつもりだった。
でも。
行きとは少しだけ違う。
そんな気がした。
しばらく歩いて、暁寮に着く。
ガチャ。
「ただいまー。」
「ただいまです。」
食堂に入ると、悠がすぐにこちらを見た。
「お!」
「すーと信先輩、帰ってきた!」
「あ。」
私は持っていた袋を思い出す。
「悠。」
「ん?」
「これ。」
袋から、さっき取ってもらったぬいぐるみを取り出した。
「信先輩に取ってもらったやつだけど。」
「悠にあげるよ。」
「え!?」
悠の顔が一気に明るくなる。
「え、ええの!?」
悠は嬉しそうにぬいぐるみを受け取った。
「やったー!」
「すー!信先輩!」
「ありがとう!」
「俺は取っただけだけどな。」
信先輩は笑いながら答えた。
「でもこれ、めっちゃ欲しかったやつや!」
悠は嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる。
その姿を見て、私は少しだけ笑った。
「良かった。」
「そんでぇー。」
悠がニヤニヤしながら私を見る。
「デート、どうだったん?」
「……。」
朝だったら。
きっと私は、すぐに否定していた。
でも今は。
「デートじゃ無いよ。」
それだけ言って、私は静かに食堂を出た。
自分の部屋に戻り、扉を閉める。
「……。」
今日のことが、頭の中をぐるぐると回る。
信先輩の顔が近づいてきたこと。
『こいつの彼氏っすけど?』
そう言って助けてくれたこと。
一緒に甘いものを食べたこと。
同じスプーンを使ったこと。
全部。
楽しかった。
でも。
『詩音のせいで、めっちゃ上手いからなー。』
その言葉も、頭から離れなかった。
私はベッドに腰を下ろす。
「……全然。」
小さく呟いた。
「デートじゃ無い。」
誰に言うでもなく。
自分に言い聞かせるように、そう言った。

