喪失の夜に、あなたがいた

「明莉さん……」

名前を呼ぶ声は、
 もう涙で濡れていた。

楓は明莉の手を額に当て、震える声で呟いた。

「……僕は……あなたを守りたいんです……
 ずっと……ずっと……」

その言葉は、
 誰に向けたものでもなく、
 ただ明莉に届くことだけを願った叫びだった。

病院に到着すると、
 明莉はすぐに処置室へ運ばれた。

扉が閉まる。

楓はその前で立ち尽くした。

拳を握りしめ、
 肩を震わせ、
 唇を噛みしめ──

そして、
 初めて声を上げた。

「……お願いだ……
 明莉さんを……助けてください……佑輔、明莉さんを連れて行かないでくれ……!」

その叫びは、廊下に響いた。

誰も見たことのない、
 楓の姿だった。

冷静でもなく、穏やかでもなく、
 強くもない。

ただ──
 愛する人を失うかもしれない恐怖に、
 必死で抗う一人の男だった。

楓は壁に手をつき、
 深く息を吐いた。

涙を拭うこともできないまま、ただ扉を見つめ続けた。

(明莉さん……
 どうか……どうか……)

その祈りは、
 震える声にならないまま、
 胸の奥で繰り返された。