喪失の夜に、あなたがいた

白髪を上品にまとめ、
 深い紺の着物を纏ったその女性は──

(……あの時の……)

駅前で倒れていた女性。
 明莉が助けた、あの人。

女性は明莉を見つけると、
 ふわりと目を細めた。

「まあ……あなたが佐伯明莉さんなのね。楓に聞いていた通りの方だわ。テレビでいつも拝見して、
 私、あなたのファンなのよ」

明莉は驚いて楓を見る。

楓は少しだけ肩をすくめ、
 申し訳なさそうに微笑んだ。

「……祖母です。
 僕の家のことは……言うタイミングを失っていました」

祖母──
 楓の出自が、静かに明莉の前に姿を現した。

「重森さくらです。重森ホールディングスの会長の妻です。
 あなたには助けて頂きお礼も言えずに、ごめんなさい」

さくらは明莉に近づき、小声で話かけた。

「楓の奥さんなのよね。あなたのことだと知ってすぐに結婚の許可を出しました。
 明莉さんでいいかしら。楓のことよろしくね。何かあれば私に話してね。もうおばあちゃんなんだから」
 
明莉は言葉を失った。
ただ、さくらの優しい眼差しに救われるように頭を下げた。