喪失の夜に、あなたがいた

言えば、何かが壊れてしまう気がした。

明莉が寝室に入ると、
部屋は急に静かになった。

楓はその静けさの中で、
胸の奥に沈む“影の気配”を感じていた。

昨日よりも濃い。
今日よりも近い。

ゆっくりとソファに腰を下ろし、
名刺ケースを取り出す。

薄い革の中に、
昔の知り合いの名刺が一枚だけ残っている。

数日前──
その男からの連絡で、
“白石玲奈”という名前に辿り着いた。

ただの取引先の令嬢。
そう思っていた。

まさか、
明莉を追い詰めている影の正体だとは
楓はまだ知らない。

影はまだ形を持たない。
ただ、静かに近づいていた。

窓の外では、
風がゆっくりと街路樹を揺らしていた。

その揺れが、
どこか不穏に見えた。

(……明莉さんを守らないと)

その言葉が、
胸の奥で静かに形を持ち始めた。

嵐の前の静けさは、
こんなにも痛いものなのかと、
楓は初めて知った。