喪失の夜に、あなたがいた

楓の隣にいるべきは自分。
楓を支えるべきは自分。
楓の人生に必要なのは自分。

その席を、
知らない誰かが奪っている。

(……返してもらわないと。
 女優なんて仕事してる人が、楓さんにふさわしいはずない)

その感情は怒りではなく、
静かな違和感の延長だった。

ただ、
“正しい形に戻したい”だけ。

玲奈はパソコンを開き、
ゆっくりと指を動かした。

「佐伯明莉 復帰」
「佐伯明莉 現場」
「佐伯明莉 泣いている」

検索結果には、
噂や誇張や悪意が混じっていた。

そのどれもが、
玲奈には“都合が良かった”。

(……弱っている。
 誰が楓さんにふさわしい人間なのか、教えてあげる)

(……揺れている)

(……なら、少しだけ押せばいい)

明莉を壊したいわけではない。
傷つけたいわけでもない。

ただ──
明莉が揺れれば、
楓は自分のほうを見る。

それが“正しい世界”だと、
玲奈は本気で信じていた。

玲奈は匿名で投稿を始めた。

《現場で泣いてるらしい》
《復帰早すぎじゃない?》
《迷惑かけてるって聞いた》

悪意ではない。
玲奈の中では“事実の補強”だった。

(……楓さんのために必要なこと)

その信念は、
誰にも揺らせない。

夜。
窓の外を見ながら、
玲奈は静かに微笑んだ。

「楓さん……待っていてくださいね。
 もう少しで、戻りますよ」

その声は優しくて、
どこまでも歪んでいた。