喪失の夜に、あなたがいた

あの夜、
雨の中で崩れ落ちていた明莉の姿を見た瞬間──
楓は抱きしめたかった。
けれど、できなかった。
壊れてしまいそうだったから。

その姿を見た瞬間、
胸の奥の痛みはさらに深く沈んだ。

(……この人を、佑輔は愛していた)

そして──
佑輔が残した最後の言葉。

『明莉を……頼む。
 あの子は強いけど、壊れやすい。
 お前なら……守れる』

その言葉は、
楓の心に深く突き刺さった。

守れなかった親友。
残された大切な人。
そして、自分の胸の奥にある“言えない感情”。

すべてが重なり、
楓は静かに決意した。

(……明莉さんを守る)

それは佑輔の遺言だからではない。
重森家の責務だからでもない。

もっと深い場所から湧き上がる、
自分自身の想いだった。

契約結婚を提案したとき──
楓の胸には、
言葉にできない“罪悪感”があった。

(俺がそばにいることで、
 佑輔を裏切ることになるんじゃないか)

(でも、そばにいなければ……
 明莉さんは壊れてしまう)

その二つの感情が、
ずっと楓の胸の奥でぶつかり合っていた。

だから契約結婚は、
楓にとって“救い”ではなく、
“罪の形”だった。

指一本触れない。
踏み込まない。
決して越えてはいけない線を守る。

それが楓の中にある
“罪悪感の防波堤”だった。

しかし──
玲奈のリーク騒動。
SNSの炎上。
週刊誌の影。

明莉が再び傷つこうとしている。

その現実が、
楓の胸の奥にある“本心”を
静かに、しかし確実に揺らした。

(……守りたい)

その想いは、
もう誰のものでもない。
楓自身のものだった。

佑輔の影が濃くなるほど、
楓の中の“光”は輪郭を強めていく。

それはまだ言葉にならない。
まだ認められない。

けれど──
確かにそこにある。

楓の本心は、
静かに息をしていた。