喪失の夜に、あなたがいた

大学時代。
楓は祖母の通院に付き添うため、病院のロビーで待っていた。

祖母は足が悪く、歩くのもゆっくりだった。
SHIGEMORIホールディングの会長の妻として祖父を長く支えてきた祖母も、
この頃は体調を崩しがちで、楓が病院に付き添うことが増えていた。

診察を終えた祖母がロビーへ戻ってきたとき、
ほんの少し足をもつらせた。

「危ない……!」

楓が立ち上がるより早く、
一人の女性が祖母の腕をそっと支えた。

「大丈夫ですか?」

その声は柔らかく、
驚くほど自然で、
まるでその場にいた全員の空気をふわりと和らげるようだった。

祖母は少し驚いたように目を瞬かせた。

「……ありがとうございます」

女性は優しく微笑んだ。

「いえ、段差が見えづらいですよね。
 気をつけてくださいね」

その仕草も声も、
どこまでも自然で、
どこまでも優しかった。

楓はその光景を少し離れた場所から見ていた。
胸の奥がふっと温かくなる。

(……誰だろう)

祖母を助けた女性は、
そのままロビーを去ろうとした。

楓は思わず声をかけた。

「ありがとうございました。
 祖母が助かりました」

女性は振り返り、
少し照れたように笑った。

「いえ……困っている人がいたら、
 助けるのが普通ですから」

その言葉が、
楓の胸の奥に静かに落ちた。