喪失の夜に、あなたがいた

この人はどれだけ私の心に灯りをともしてくれるんだろう。
そんなふうに思ってしまった。

部屋に戻ると、
楓は明莉の表情を見て、
すぐに気づいたようだった。

「……今日は、どうでしたか」

その問いかけは、
ただの確認ではなく、
“あなたの心を聞かせてほしい”という静かな願いだった。

明莉は少し迷ってから、
ゆっくりと口を開いた。

「……怖かったです。
 誰かに見られているような気がして。
 でも……それだけじゃなくて……。
 なんだか、自分がこのままでいいのかと思ってしまいました」

楓は静かに待ってくれた。
急かさず、ただ寄り添うように。

「……逃げてばかりじゃ、終われない気がして」

その言葉を口にした瞬間、
胸の奥が少しだけ軽くなった。

「私は……芸能界を少しお休みしているだけなのに……。
 なんだかまだ心の整理はついてないですが、
 あのまま終わるのは、違う気がして。
 怖いけれど……戻りたいです。
 自分の意思で……もう一度、ちゃんと立ちたい」

その言葉は、
昨日までの明莉には出せなかったものだった。

楓は驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに、静かに頷いた。

「……わかりました。
 あなたが望むなら、僕が支えます」

その声は、
昨日よりもずっと強く、
ずっと深く響いた。

「怖くても、大丈夫です。
 あなたはひとりではありません」

その言葉が胸に落ちた瞬間、
明莉の心の奥で何かがゆっくりとほどけていった。

(……逃げない)

その思いが、
静かに、確かに芽を伸ばした。