喪失の夜に、あなたがいた

スタッフルームを出ると、
午後の店内はいつもと同じ穏やかな空気をまとっていた。
けれど、その穏やかさが今日はどこか遠く感じた。
自分だけが、少し違う温度の世界にいるような気がした。

仕事を終えて店を出ると、
夕方の光が街を淡く染めていた。
その柔らかい光の中で、
胸の奥に小さな痛みが走る。

(……帰りたくないわけじゃない。
 ただ、今日の自分を楓さんに見せるのが……少し怖い)

そう思った瞬間、
マンションの前に立つひとつの影が目に入った。

楓だった。

スーツ姿のまま、
静かに、まるで明莉の帰りを待つことが
当たり前であるかのように立っていた。

「……お帰りなさい」

その声は、
昨日よりも少しだけ柔らかかった。
けれど、どこか深い心配が滲んでいた。

「迎えに来てくださって……すみません」

「謝る必要はありません。
 あなたが安心できるなら、それでいいんです」

その言葉に、
胸の奥がまた少し温かくなる。