喪失の夜に、あなたがいた

翌朝、目を覚ました瞬間、
胸の奥に重い石が沈んでいるような感覚があった。

昨日の出来事が、
まだ体のどこかに貼りついている。
眠ったはずなのに、心だけが休まっていない。

(……行かなきゃ)

そう思って立ち上がる。
けれど、足が少しだけ重かった。
まるで、外の世界に踏み出すことそのものが
身体に負担をかけているようだった。

マンションを出ると、
朝の光が街を照らしていた。
いつもなら少しだけ心が軽くなるはずの光が、
今日は妙に眩しく感じた。
光に照らされることすら、怖かった。

カフェ「灯」に着くと、
美咲が明莉の顔を見て、すぐに表情を曇らせた。

「明莉ちゃん……無理してない?」

その声に、胸の奥がきゅっと縮まる。

「大丈夫です。昨日は……少し、驚いただけで、ご迷惑おかけして申し訳ありません」

「いいのよ。迷惑なんて思ってないもの。
 ただ、明莉ちゃんが無理してるようにみえたから」

その言葉が優しくて、
逆に胸が痛んだ。

午前中の仕事は、
いつも通りにこなせた。
手は動く。
言葉も出る。
笑顔も作れる。

けれど、ふとした瞬間に胸がざわつく。

誰かが笑っている声がすると、
自分のことを話しているように感じてしまう。

誰かがスマホを触ると、
また写真を撮られている気がしてしまう。

(……怖い)

その言葉を心の中で認めた瞬間、
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。