喪失の夜に、あなたがいた

マンションの前に着いた瞬間、
胸の奥の緊張がようやくほどけた。
けれど、心のざわつきだけは消えてくれなかった。

玄関の鍵を開けると、
静かな空気がふわりと迎えてくれた。
その静けさが、今日はいつもより重く感じる。

部屋の奥では、楓が書類を片付けていた。
明莉の姿に気づいた瞬間、
その静かな瞳がわずかに揺れた。

「……美咲さんに聞きました。何かあったんですよね」

いつもより少し強い声。
その響きに、明莉はビクッと肩を震わせた。
楓自身も気づいたのか、
ほんの一瞬だけ視線を落とした。

その声には、
落ち着きの奥に、緊張と焦りが混ざっていた。

明莉は震える手でスマホを差し出した。

「……これが、出回っていて」

楓は画面を見た瞬間、
表情をほとんど変えなかった。
けれど、指先がわずかに止まった。

「……誰がこんなことを」

その声は低く、静かで、
怒りを押し殺したような響きがあった。