喪失の夜に、あなたがいた

楓が玄関を出ていったあと、
家の中は急に静かになった。

さっきまで聞こえていた食器の音も、
足音も、楓の気配も消えてしまい、
部屋には明莉ひとりの呼吸だけが残った。

その静けさは、少しだけ心細かった。

けれど——
怖くはなかった。

この家は、明莉にとって
“生きるための場所”になりつつある。

明莉は毛布を畳み、
ゆっくりとソファから立ち上がった。

キッチンに向かい、
楓が置いていった名刺をそっと手に取る。

白い紙の上に、整った文字。
裏には、丁寧な字で書かれたプライベートの番号。

(……本当に、守ろうとしてくれているんだ)

胸の奥が、少しだけ温かくなる。

恋ではない。
そんな感情を抱く余裕はまだない。

でも——
楓の存在が、明莉の心の傷を
そっと覆ってくれているのは確かだった。