喪失の夜に、あなたがいた

「おはようございます」

楓が振り返り、静かに微笑んだ。
その笑顔は、昨日と同じ。
踏み込まない優しさが、そっと寄り添う。

「……おはようございます」

明莉は少しだけ声を張った。
昨日より、ほんの少しだけ強い声。

「朝は軽めにしてあります。
 食べられなくても大丈夫です。
 申し訳ありませんが、今日はどうしても外せない会議があるので出社します。
 何かありましたら、必ず僕に連絡してください。ここに名刺を置いておきます。
 裏にプライベートの番号を記入していますので」

「はい、わかりました」

テーブルには、温かいスープと柔らかいパン。
湯気がゆっくりと立ち上り、
その香りが胸の奥に広がっていく。

明莉はスプーンを手に取り、
そっと口に運んだ。

温かさが喉を通り、胸の奥まで落ちていく。
その温度が、昨日より少しだけ優しく感じられた。

「……おいしいです」

「よかったです」

楓はそれ以上何も言わない。
距離を詰めない。
触れない。
ただ、そばにいる。

その距離が、今の明莉には救いだった。

食事を終えると、
明莉は窓の外を眺めた。

雲がゆっくりと流れていく。
その動きが、壊れた心の奥に静かに染み込んでいく。

(……少しずつでいい。
 少しずつ、戻っていけばいい)

明莉はそう思いながら、
ゆっくりと息を吐いた。