喪失の夜に、あなたがいた

(明莉SIDE)
楓の言葉が、胸の奥で何度も反響していた。

(……契約結婚……?)

その響きは重くて、現実味がなくて、
まるで遠くから聞こえてきたようだった。

ソファの上で毛布を握りしめたまま、
明莉はしばらく言葉を失っていた。

佑輔の死。
流産。
自分の崩れ落ちた心。

それらが胸の奥で絡まり合い、
何をどう考えればいいのか分からなくなる。

「……少し考えてもいいですか」

そう言ったとき、声は震えていた。
楓はただ静かに頷いた。

「いいですよ。じっくり考えてください」

その言葉は、押しつけではなく、
選択肢としてそっと差し出されるものだった。

楓が少し離れた場所に座る。
その距離は、触れられるほど近いのに、
踏み込まないための優しい遠さだった。

明莉は毛布を胸に抱えたまま、ゆっくりと息を吸った。

(……どうして、こんな提案を……)

楓は佑輔の親友。
ずっと二人を見てきた人。
佑輔が守れなかったものを守りたい——
その言葉は嘘じゃないと分かる。

でも。

(……私は、誰かに守られる価値なんて……)

胸の奥がきゅっと痛む。
佑輔を失ったあの日から、
自分は壊れたままだ。

芸能界に戻れるかも分からない。
未来も見えない。
何も持っていない。

そんな自分が、誰かの“妻”になるなんて——
たとえ形式だけでも、重すぎる。

けれど。

(……秘密にする契約結婚……)

その言葉が、胸の奥で静かに揺れた。

誰にも知られない。
世間にも、事務所にも、友人にも。
ただ二人だけの秘密。

それは、怖い。
でも——
少しだけ、救われる気もした。