喪失の夜に、あなたがいた

撮影復帰の日から、
 明莉と楓の生活はゆっくりと、しかし確実に変わっていった。

退院後はしばらく楓のマンションで過ごしていたが、
 明莉が仕事に戻ったことで、
 “二人の生活”が本当の意味で始まった。

朝。
 キッチンから聞こえる小さな物音で目が覚める。

楓がコーヒーを淹れている音だった。

「おはよう、明莉。
 今日は午後から撮影だよね?」

楓はいつも通り穏やかな声で言う。
 けれど──
 敬語をやめたその話し方は、
 どこか少しだけ距離が近くなった気がした。

「うん。ありがとう、楓さん」

明莉が席につくと、
 楓はさりげなく体調を気遣う。

「昨日、少し疲れたでしょ。
 顔色が少し悪かった気がしてたんだけど、
 無理はしないでね」

その言葉は優しいけれど、
 過保護になりすぎないように、
 慎重に選ばれた言葉だった。

(……気をつけてくれてるんだ。嬉しい)

明莉はその気遣いが温かった。

夜。
 明莉が帰宅すると、
 リビングの灯りが柔らかく灯っている。

「おかえり。
 今日はどうだった?」

楓は仕事の合間を縫って帰宅しており、
 明莉の帰りを待っていた。

「楽しかった。
 やっぱり現場は好きだなって思った」

明莉がそう言うと、
 楓は安心したように微笑んだ。

「それなら良かった。
 明莉が笑ってると……俺も嬉しい」