喪失の夜に、あなたがいた

SNSの誹謗中傷は、
 事務所と重森家の力で完全に沈静化していた。

悪質な投稿はすべて削除され、
 拡散された噂も消え、
 ネットの空気は嘘みたいに静かだった。
それとは、別に楓との婚約が決まったが、仕事が一段落してからの発表という事に決まった。

もう誰も、
 明莉を傷つける言葉を投げてこない。

(……私は、また自分の足で立て。でも、ここにいるのは皆に支えてもらったおかげ)

その実感が、
 胸の奥にゆっくりと広がっていった。

撮影が始まると、
 明莉は自然と役に入り込んでいった。

台詞を言うたび、
 表情を作るたび、
 歩くたび──

自分が“戻ってきた”ことを確かめるようだった。

カメラマンが小さく頷き、
 監督がモニター越しに微笑む。

「……明莉、やっぱり君はすごいよ」

その言葉に、
 明莉は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

(……私は、もう大丈夫。頑張れる)

そう思えた。

そう思える自分に、
 少し驚いた。

でも──
 それは確かに“再生”の証だった。

撮影が終わり、
 スタジオを出ると、
 外の空気が少し冷たかった。

その冷たさが心地よくて、
 明莉は深く息を吸った。

すると──
 入口の近くで誰かが待っていた。

楓だった。

明莉が気づくと、
 楓は少し照れたように微笑んだ。

「……おかえり。明莉」

その言葉は、
 現場の誰よりも優しくて、
 誰よりも温かかった。
あの日から楓は、明莉に対して敬語で話すのをやめた。

明莉は静かに頷いた。

「……ただいま、楓さん」

その瞬間、
 明莉の“新しい未来”が静かに始まった。