喪失の夜に、あなたがいた

佑輔の声が消えたはずなのに、
 まだ耳の奥に残っている。

明莉はスマホを胸に抱きしめた。
 涙がぽろぽろと落ちて、
 シーツに小さな染みを作った。

(……佑輔……)

名前を呼ぶ声は、自分でも驚くほど弱かった。

佑輔の言葉が、
 胸の奥に静かに沈んでいく。

「生きていてほしい」
 「笑ってほしい」
 「誰かを信じてほしい」
 「その人の手を取ってほしい」

その一つ一つが、
 明莉の心をそっと押し出していく。

佑輔は、自分がいなくなる未来を恐れながら、
 それでも明莉の幸せを願っていた。

最初のころは本当に佑輔を追うつもりだった。

その願いが、
 あまりにも優しくて、
 あまりにも痛かった。

涙を拭おうとして、
 明莉はふと気づいた。

楓が外で待っている。

佑輔の言葉の最後──
 「君を守ってくれる誰かに出会えたら、その人を信じてほしい」

その“誰か”が誰なのか、
 明莉はもう知っていた。

事件の夜、
 楓が泣きながら叫んだ声。

「明莉さんを……助けてください……佑輔、明莉さんを連れて行かないでくれ……!」

あの声は、
 嘘でも、義務でも、契約でもなかった。

楓の本心だった。

胸の奥が、
 じんわりと熱くなる。

(……楓さん……)

佑輔が願った未来に、
 楓がいる。

そのことに気づいた瞬間、
 明莉の心はゆっくりと、
 未来へ向かって動き始めた。
明莉にとって、いつの間にか、楓の存在が明莉の支えになっていった。

明莉はスマホをそっと閉じ、
 深く息を吸った。

涙の跡が頬に残ったまま、
 扉の方を見つめる。

(……楓さん……)

呼びたい。
 会いたい。
 伝えたい。

佑輔の願いを胸に抱いたまま、
 明莉は静かに目を閉じた。

未来はまだ怖い。
 でも──
 もう一度、生きたいと思った。