喪失の夜に、あなたがいた

テーブルには、温かいスープと柔らかいパンが置かれていた。
湯気がゆっくりと立ち上り、
その香りが胸の奥に静かに広がっていく。

明莉はスプーンを手に取った。

「ありがとうございます。いただきます」

指先はまだ少し震えている。
けれど、昨日よりはましだった。

一口だけスープを口に含む。
温かさが喉を通り、胸の奥まで落ちていく。

それだけで、ほんの少しだけ世界が優しくなる。

「……おいしいです」

明莉がそう言うと、楓は驚いたように目を瞬かせ、
そして静かに視線をそらした。

「よかった。佑輔の様にはうまくないので、うまく作れているのか心配です……」

「そんなこと……ないです」

言葉を返すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
恋ではない。
そんな感情を抱く余裕は、まだどこにもない。

ただ——
この静かな優しさが、壊れた心の底に
“再生の芽”のようなものをそっと置いていく。

明莉はスープをもう一口飲んだ。
その温度が、ゆっくりと身体に広がっていく。

世界はまだ灰色のまま。
未来もまだ見えない。

それでも、
この家の静けさの中で、
明莉の心はほんの少しだけ、昨日より前へ進んでいた。