Clover、たったひとつの記憶

 池の近くの六角形の東屋で、二人は花の話題で盛り上がった。話は思いのほか弾んだ。なるほど、確かにリエは花について造詣が深い。
 水が流れる音が聞こえるだけの静かな空間。
 正直なところ花の知識は、半分も頭に入ってこない。リエは花が好きなのか、トミオに説明しようと懸命に言葉を重ねる。そんなリエを愛らしく思いながら、話を聞いていた。
 そんな時だった。
 リエの視線が弓状に曲がりながら垂れた白い花を見つめていることに気が付く。トミオもリエの視線を追いかけて白い小さな花を捉える。白い花は小さく、幾つも茎から垂れて下がり、流れる風に小さく揺れていた。

「リエさん、あの花は……」
「あれは、スズランと言います」
  
 リエの表情が自然にほころぶ。この花はどうやらリエのお気に入りのようだと、トミオは察する。
 優しい芳香は、リエから漂う香水とよく似ていた。香水はこの花由来のものを使っているのだろう。

「別名もあって、君影草とも言います。でも花はこんなに可憐なのに、実は猛毒で……」

 リエは目を伏せ、何かに迷い戸惑っている様子を見せた。トミオはスズランがリエに重なって見えた。

(君を想っても、やっぱりすれ違うだけなのだろうか)

 そう思うと、心に鈍い痛みが走る。そしてこの痛みの正体に気づかないほど、トミオは鈍感ではなかった。
 いっそのこと気づかなければ良かったと思いながら、東屋の椅子を立った時だった。
 意を決し目元を潤ませたリエが、トミオを呼び止める。

「イサキさん!」

 重なる二つの目。リエの緑青が、真っ直ぐにトミオの琥珀色に重なる。
 一瞬、トミオの胸が高鳴るも、トミオは冷静な態度のまま応じた。

「リエさん? どうしましたか?」
「イサキさんに……どうしても伝えなければならない事があります。……聞いてくださいますか?」
「はい。私が聞いて差し支えないのであれば」

 その表情から、トミオはすべてを受け止めようと思った。
 遠慮がちに語り始める、リエ。現在、交際中の男性がいるという。
 けれどもカナド家当主も両親もその交際を許さなかった。そればかりか強引に見合いの場を設けてしまった。現在、その男性とは今は縁が途絶えた状態だという。

「ご事情はわかりましたが、申し訳ありません……。私の立場では私の方からこの話を破談にすることは……」

 ふたりのお見合い話がやけに強引に勧められていることに、トミオも疑問に思っていた。
 トミオにはリエを守るだけの力も立場もない。せめて彼女の想いが良い方向に行くように、遠くから応援するぐらいだ。

「そう……、ですよね」

 リエの顔がより暗く曇る。

「ですが、リエさんの方でそのようにお話を進めていただくのはどうでしょうか?」
「え……イサキさんにも事情があるはずなのに……。私の都合ばかり……」 
「いいえ。今の話は、打ち明けず黙っていることだって出来たはず」
「でも……」
「リエさんは俺に隠さず正直に話してくださった。……ありがとう」

 リエの緑青の目が潤む。澱みのない澄んだ涙だと、トミオは思った。