Clover、たったひとつの記憶

 二週間後、トミオの机には修繕されたユカの携帯端末があった。
 外見は少しダメージが残るものの、真珠色の光沢のあるボディーカラーが細かな傷を隠していた。
 ユカが携帯端末に着けていた四葉のクローバーのチャームも、新品のように健在だ。
 この時トミオの体力は限界に達していた。
 マシューが直ったと聞いて、久しぶりに自宅に戻った時、ユカはトミオのかすれ声に驚く。

「おじいちゃん……どうして」
「すこし……はりきりすぎた……かもな」

 トミオはもう自力ではベッドから起き上がれなかった。
 ユカはトミオに言われて携帯端末を手にする。
 
「外見より……内部に、拘って…修復したんだ……」
「すごい、というか……カワイイ!」

 新品同様まで回復した携帯端末に電源を入れると、マシューがピコンと起動する。
 ぼやけた人影が画面に浮かび上がるのを見て、ユカは両目を潤ませた。

「マシューが……マシューがいる! ホントにマシューなの?」

 しかし興奮したユカの声掛けにマシューは答えず、画面が黒くなり電源が落ちた。
 不安そうな顔をしたユカに、トミオは微笑む。

「充電すれば……、大丈夫だ 」
「うん……。ごめんね、おじいちゃん。私のせいで……」

 大好きな祖父に一体どれほどの負担を、無理をさせてしまったのか、ユカは自分を責めた。

「そんな……ことは……ない」

 泣きじゃくるユカの頭をトミオは優しく撫でながら、少しだけホッとした様子で呟いた。

「最後の仕事として……、悪く無かったよ……」
「最後なんて言わないで。これからもおじいちゃんは……。マシューを直してくれて本当にありがとう」
「ああ。……少し眠るよ」
「うん」

 ユカは頷き、キッチンへと歩いていく途中、サツキとすれ違った。 

「サツキ……?」

 サツキの足取りは重く、歩くのもやっとの状態だ。それでもトミオが寝ている寝室に歩いて行く。
 ユカはサツキを見守るように見つめた。
 トミオが見える位置の壁際まで来ると、サツキは背を壁に預ける様にして座り込む。
 藍染めのエプロンのポケットから何かを取り出し、見つめようとしたところで、その目はゆっくりと光を失っていく。

「え……まさか、おじいちゃん!?」

 ユカはトミオの元に急いで寄り添う。
 ベッドサイドのテーブルにマシューを置き、トミオの手を震える手で握りしめる。
 その手は凍えるように冷たかったが、トミオは穏やかな笑みを浮かべたまま目を閉じていた。

「おじいちゃん……!!」

 ユカの静かな嗚咽が静まり返った部屋に響いた。
 
 -*-
 
 トミオの葬儀から数日後。
 彼が遺したすべては、孫のユカが引き継ぐことになった。 
 ユカにとってサツキは、大好きな祖父・トミオを助けてくれた英雄だった。

「私もおじいちゃんも、サツキがいてくれてほんとうに良かったって思ってる。ありがとう……」

 ユカは上着のポケットからトミオが修理してくれた携帯端末を取り出す。
 端末についた小さな四葉のクローバーのチャームが静かに揺れる。
 携帯端末の中の、サポートAIのマシューがユカに声を掛けた。

「ユカ、ドールの回収車がまもなく到着する」
「うん、マシュー。ありがとう……」

 ユカは涙を拭って、サツキから離れる。
 その時、サツキの右手のひらの中から何かがカツンと音を立てて落ちた。
 それは小さなチェーンが付いた、縦長の楕円形をした透明樹脂のチャーム。中には四葉のクローバーが入っている。

「これ、おじいちゃんの手作りだ。……サツキにあげたんだね」
「彼女は”主”(トミオ)と出会えて幸せだったはずだ」
「そうだね」

 ”四葉のクローバーは、幸運の証なの。見つけたらきっと幸せになれる”

 拾ったチャームをユカはサツキの腕の関節の凹んだ箇所に取り付けた。
 揺れる視界のなか、ユカは役目を終えた白い英雄をみおくった。