Clover、たったひとつの記憶

 眠りから目覚めたトミオは、藍色のハンカチの位置がずれていることに気がついた。

(サツキ……?)

 トミオがサツキの姿を探すと、キッチンで夕食の支度をしている。
 声を掛けようかと思いながら、トミオは藍色のハンカチを開いて四葉のクローバーを見つめた。
 これを加工し、タイミングが合うときにサツキに渡す。オミヤゲとして。

(エプロンに付けられたほうがいいか?)

 トミオはそう考えながら”四葉のクローバー”を保存液に漬け、乾燥と腐敗を防ぐ処置を行った。
 それから軽い透明の樹脂の中に四葉のクローバーを入れ、固める。縦長の楕円形の中に四葉のクローバーが綺麗に収まり、上部に穴を空け、小さなチェーンを通した。さらに丁寧にヤスリをかけ、光沢を出す。
 そうして出来上がったものを、服のポケットに入れて部屋を出た。

「トミオさん、ちょうど食事の時間デス」
「ありがとう。頂くよ」

 サツキはいつも通りトミオの食事を配膳してくれる。
 変わったところなど何もないはずなのに、トミオはサツキの様子が気になった。
 お盆に乱雑に置かれた箸、用途のわからないフォーク。そんな些細なことなのだが、7年前、来たばかりの頃のような……。

(サツキに何か不具合があるかもしれない)

 トミオはそんな疑惑を抱えたまま、夕食を食べ始める。
 しかし途中から箸を持つ手が重たく感じられた。

(このままでいいのか? 食事よりもサツキを診る方が……)

「サツキの簡単な不具合チェックをしようと思うんだ」
「イケマセン。トミオさんガ許可ヲ得ズ不具合確認ヲ行ウノハ、規約違反ニ該当シマス」

 首を振って拒否をするサツキ。

「しかし……」
「大丈夫。サツキ、問題アリマセン!」

 サツキは何かの信号を受け取り、玄関の受け取り口から小さな荷物を持ってくる。ユカの例の端末が届いたのかもしれない。

「ユカさん、カラデス」

 ユカはあらゆる衝撃から携帯端末(マシュー)を護ろうとしたのか、厳重に梱包を施したようだ。
 サツキは首をかしげながらその厳重な荷物を見つめ、トミオに手渡す。

「ユカさん、心配性デス?」
「それだけこの端末を……いや、マシューの存在を大事にしているんだよ」

 トミオは独り言をつぶやくように言葉を続けた。
 サツキは何も言わず、その続きを待った。

「大切なモノは壊れてほしくないと思う。だが世の中に壊れないモノは存在しない……」

(――人のそんな想いを繋げたい)

 トミオは手際よくユカの施した厳重な梱包を解いていく。
 この梱包の仕方をユカに教えたのはトミオ自身だ。
 暫くしてボロボロの端末機が姿を現すと、サツキが興味ありげに見つめた。

「コンナ状態デモ、ナオセル?」

 サツキは何かを考えているかのようなポーズを取る。

「それはわからない」 
「……キットデキル。カナウ。サツキハ、ソウ思ウ」

 サツキの意外な言葉に、リエがサツキと重なって見える。リエならばきっとそう言うだろう。

「ありがとう」
「……モシ。サツキ壊レタラ、トミオさんガ直シテ……クレル?」

 自信がなさそうに疑問形のまま、何かを確認するかのような問い。

「もちろん。サツキは大事な存在(あいぼう)だからね」

 トミオはポケットから先ほど完成した、縦長の楕円形のチャームを取り出す。

「サツキ、これはオミヤゲだ。手を出してごらん」
「オミヤゲ?」

 いわれるままに掌を出すサツキ。その掌にチャームを静かに載せる。
 照明の明かりで透明樹脂に包まれた四葉のクローバーが光った。

「トミオ……さん?」

 サツキは不思議そうに四葉のクローバーを見つめている。

「朝、言っていただろう?」
「四葉ノクローバー……、幸運ノ証……」

 サツキのカメラアイがクルクルと回る。
 しかしサツキのカメラアイにピンク色の光が宿ることはもうなかった。