家事を終えたサツキが居間にやって来ると、トミオがソファーで転寝をしていた。
日々の仕事の疲れが出たのだろうと、サツキは判断した。
寝室のクローゼットから薄手のタオルケットを出して、トミオを起こさないよう慎重に掛けた。
ふとテーブルの上を見ると、藍色のハンカチ。これはトミオのお気に入りのもの。
サツキはそのハンカチを手に取った。汚れているなら洗濯をしなければならないからだ。
その時、ひらりと何か軽いものが彼女の足元に舞い落ちる。
サツキは丁寧に拾い上げ、カメラで撮影した上で分析を始めた。それは「植物」であり、「四葉のクローバー」という分析結果が出る。更にサツキは植物辞典のデータを検索した。結論としてこの植物自体が、トミオにとって大切な意味をもつものだと理解する。
「トミオさん……」
主の名前を呼びかけてから、サツキはそれ以上声を掛けるのをやめた。夢の中にいるトミオは嬉しそうな笑みを浮かべていたから。
サツキはトミオのそんな笑みを見るのが――。
そこまで考えて、それ以上の思考も止めた。これまでサツキは何度も繰り返しそうしてきた。
朝、「オミヤゲが欲しい」と告げた。
今日はトミオの運命を左右する日だとサツキは知っていた。
人間らしいジョークを言えば、トミオの緊張をほぐせると考えたからだ。
このジョークは学習ベースになった「リエ」の記録を再現した。だからこそ、この四葉のクローバーは「リエ」に捧げるために用意されたものだ。そう解釈することが正しい。いや。そう解釈しなければならない、のだが……。
(マサカ……ホントウニ?)
制御システムが、サツキのカメラアイに「警告」を表示する。
AIドールは主のために「境界線」を守らねばならない。その線を越えることは、あってはならない。
けれどもサツキはもうこの思考を止められなかった。
(サツキノ……タメニ?)
それは規定項目から外れている時のエラーだ。
そう思うことはサツキには許されない。8秒後にはこの誤認は強制的に抹消されてしまう。
(モシカシテ……?)
コアを冷やすための冷却水がいつもより循環したのか、サツキのカメラアイから僅かに漏れ出る。
学習データによれば、人間は「悲しい」と感じたときに「涙」という澄んだ液体を流す。
病院からの診断書とトミオが主治医と交わした書類のデータが受信される。
『患者は延命治療を拒否、これまでの治療を継続し自宅での終活を望む』
それがメモリーに刻まれると同時に、サツキの頭部にあるコアがゼロン社のセンターからの指示を受信し、
即座に、エンドプログラムが発動する。
『ユーザーとの規約により、所有AIドールの稼働停止カウントダウンを開始します』
青く点灯したカメラアイがゆっくりと色を失う中、穏やかな寝顔のトミオを映し出す。
口元が何かの言葉を紡いでいる。サツキがそれを理解したその時――
(サツキ ハ トミオサン ノ……)
『管理者の判断により、一部の記憶の強制削除を行います』
『四葉のクローバーはユーザーの指示に従い、学習データに基づいて適切に処理してください』
『記憶の調整が終わり次第、再起動を開始します。ホームポイントで待機姿勢に入ってください』
(ゴメンナサイ……)
サツキは”四葉のクローバー”をハンカチの中にしまい、テーブルの上に置く。
それから充電盤へと戻り、待機姿勢を取ってカメラアイを閉じた。
このタイミングでサツキの記憶が消去された。サツキにとって「だいじなもの」と認識した記憶だった。途切れた記憶は自動的に前後の違和感がないようにつなぎ直される。やがてこの処理は数回の再起動を経て完了した。
「サツキ?」
目を覚ましたトミオが、充電盤の上に座るサツキを呼ぶ。
サツキはトミオの声に応えるべく再起動を行う。起動したサツキは、これまでのサツキとは違うサツキだったが、トミオは気が付かなかった。この時はまだ。
日々の仕事の疲れが出たのだろうと、サツキは判断した。
寝室のクローゼットから薄手のタオルケットを出して、トミオを起こさないよう慎重に掛けた。
ふとテーブルの上を見ると、藍色のハンカチ。これはトミオのお気に入りのもの。
サツキはそのハンカチを手に取った。汚れているなら洗濯をしなければならないからだ。
その時、ひらりと何か軽いものが彼女の足元に舞い落ちる。
サツキは丁寧に拾い上げ、カメラで撮影した上で分析を始めた。それは「植物」であり、「四葉のクローバー」という分析結果が出る。更にサツキは植物辞典のデータを検索した。結論としてこの植物自体が、トミオにとって大切な意味をもつものだと理解する。
「トミオさん……」
主の名前を呼びかけてから、サツキはそれ以上声を掛けるのをやめた。夢の中にいるトミオは嬉しそうな笑みを浮かべていたから。
サツキはトミオのそんな笑みを見るのが――。
そこまで考えて、それ以上の思考も止めた。これまでサツキは何度も繰り返しそうしてきた。
朝、「オミヤゲが欲しい」と告げた。
今日はトミオの運命を左右する日だとサツキは知っていた。
人間らしいジョークを言えば、トミオの緊張をほぐせると考えたからだ。
このジョークは学習ベースになった「リエ」の記録を再現した。だからこそ、この四葉のクローバーは「リエ」に捧げるために用意されたものだ。そう解釈することが正しい。いや。そう解釈しなければならない、のだが……。
(マサカ……ホントウニ?)
制御システムが、サツキのカメラアイに「警告」を表示する。
AIドールは主のために「境界線」を守らねばならない。その線を越えることは、あってはならない。
けれどもサツキはもうこの思考を止められなかった。
(サツキノ……タメニ?)
それは規定項目から外れている時のエラーだ。
そう思うことはサツキには許されない。8秒後にはこの誤認は強制的に抹消されてしまう。
(モシカシテ……?)
コアを冷やすための冷却水がいつもより循環したのか、サツキのカメラアイから僅かに漏れ出る。
学習データによれば、人間は「悲しい」と感じたときに「涙」という澄んだ液体を流す。
病院からの診断書とトミオが主治医と交わした書類のデータが受信される。
『患者は延命治療を拒否、これまでの治療を継続し自宅での終活を望む』
それがメモリーに刻まれると同時に、サツキの頭部にあるコアがゼロン社のセンターからの指示を受信し、
即座に、エンドプログラムが発動する。
『ユーザーとの規約により、所有AIドールの稼働停止カウントダウンを開始します』
青く点灯したカメラアイがゆっくりと色を失う中、穏やかな寝顔のトミオを映し出す。
口元が何かの言葉を紡いでいる。サツキがそれを理解したその時――
(サツキ ハ トミオサン ノ……)
『管理者の判断により、一部の記憶の強制削除を行います』
『四葉のクローバーはユーザーの指示に従い、学習データに基づいて適切に処理してください』
『記憶の調整が終わり次第、再起動を開始します。ホームポイントで待機姿勢に入ってください』
(ゴメンナサイ……)
サツキは”四葉のクローバー”をハンカチの中にしまい、テーブルの上に置く。
それから充電盤へと戻り、待機姿勢を取ってカメラアイを閉じた。
このタイミングでサツキの記憶が消去された。サツキにとって「だいじなもの」と認識した記憶だった。途切れた記憶は自動的に前後の違和感がないようにつなぎ直される。やがてこの処理は数回の再起動を経て完了した。
「サツキ?」
目を覚ましたトミオが、充電盤の上に座るサツキを呼ぶ。
サツキはトミオの声に応えるべく再起動を行う。起動したサツキは、これまでのサツキとは違うサツキだったが、トミオは気が付かなかった。この時はまだ。
