Clover、たったひとつの記憶

 トミオは病院の、あの噴水のある庭園に足を運んでいた。
 リエともう一度出会った場所。
 なぜか誰もおらず、広々とした空虚な空間に水が流れる音だけが響いている。
 奥にある噴水前のベンチに誰か一人座っている。少女だ。
 年頃はユカと同じくらいだろうか。紫色の瞳。銀の髪は長く、首の後ろで二つに分けてまとめている。
 水色の地に白いストライプが入った薄手の着衣に、白いサンダル。入院患者だろう。
 少女はトミオと目が合うと、わずかに微笑み軽く会釈を行う。

「おじい様も最後のお別れにいらしたのですか?」

 少女の姿がユカに重なり、トミオは思わず微笑んでうなずく。

「最後のお別れ?」

 少女は、憂い顔になる。

「この庭園は、もうすぐ取り壊される予定なのです」
「そうなんだ。落ち着ける素敵な場所だったのに、残念だ」

 少女の言葉に、トミオも残念そうな表情を見せた。

「そうでしょう? 良かった。そう感じるのがわたくしだけではなくて……」

 妙に大人っぽい言葉遣いの少女だが、不思議と違和感がない。
 彼女はトミオを話の分かる相手と認識したようだ。
 少女の話を聞きながらトミオは噴水に目を向けた。
 確かにあちらこちらで老朽化が進んでいる。同じ物かどうかはわからないが、この場所に噴水は47年前からあるのだ。
 
「この庭が好きだった。だからなくなるのはすこし寂しいね」
「ええ……」

 少女がポケットから小さな鉱石のようなものを取り出す。

「それは?」
「わたくしの宝物……。いえ、たったひとつの大事な記憶ですの」

 それは精巧につくられた人工水晶石だ。
 5センチほどの細長い石の中には、小さな4枚の葉の植物。

「四葉のクローバー……」
「ええ。この庭園でお友達が見つけてくれたの」

 お友達、そう告げる少女は特に嬉しそうに微笑む。
 大事な友達との思い出がこの庭園に詰まっていることが伺える。

「よろしければ、おじい様も探してみては? ……きっと幸せになれると思いますわ」

 トミオはふとサツキを思い浮かべた。

(自分の亡き後、サツキは――)

「……そうか。じゃあ、探してみるよ」

 少女は噴水そばの芝生を指さす。
 そよ風が芝生を撫でるように吹いている。噴水の吹き上がる水が光を受けて輝く。

「もしかしたら噴水の左側、太陽の光がよく当たる辺りで見つかるかもしれませんわ」
「わかった、ありがとう」

 トミオは杖を使ってベンチからゆっくりと立ち上がる。

(四葉のクローバー、か)

 その時。トミオが一歩踏み出すと、体に重くのしかかる圧のようなものを感じた。

(これは……)

 突然の重みに、いまは黙って耐えることを選ぶ。
 背後から突き刺さるような鋭い視線を感じる。後ろに誰かがいるような気がしながらも、振り返ろうとは思わなかった。