――トミオの記憶がさらに巡る。
再会を機に、トミオとリエの時間は目まぐるしく動き出す。交際が始まると逢瀬を繰り返し、共に時間を重ねてわかったことがある。再会までの3年間も、ふたりの恋は終わってなどいなかった。それは蕾をつけた花のように、咲く時を待っていただけ。
もう二度と離れたくないと、お互いが強く思い始めた頃、リエのリクエストでトミオは有名なファームガーデンを訪れた。
『四葉のクローバーは、幸運の証なの。見つけたらきっと幸せになれる』
そう言いながら、リエはクローバーが群生する芝生にかがむ。しかし四葉のクローバーは、探しても見つからない、見当たらない。
「もう、いいんじゃないか? 四葉が見つかる確率は10,000分の1、だと言ってただろ。そんなにすぐには……」
「そうなんだけど、なんか見つかる予感がするのよ……」
それでもリエの手は止まらない。あの時と同じ、リエのあの眼差し。
ファームガーデンを見わたすほど広いグリーンカーペット。その中央に白いワンピース姿のリエ。様々な物に溢れる世の中で、機械とどのように関わるかを突き詰めてきたトミオに、人と関わることの喜びを教えてくれた女性。それはまさに広大な世界の中で輝く光。
(リエにとっての俺は……)
四葉。幸運の証。それなら――
「リエ、俺がリエの四葉のクローバーになる。それなら、どうだ?」
リエの手が止まる。視線を上げたリエのそばにトミオが屈む。
二人の横を穏やかに春風が通り過ぎる。
「それって……」
「リエ、俺がリエの幸運の証になる。だから――」
次の瞬間。世界が一瞬止まる。
返事は、言葉ではなかった。リエはトミオに勢いよく抱きつく。
リエの唇が離れたあと、
「ズルい。私から言おうと思ってたのに!」
抱きしめるトミオを見上げるリエ。
澄んだ緑青の目は宝石のように輝き、トミオの中に深く刻まれる。
「これから先ずっと、幸せを育てていこうね」
「もちろん」
その後の人生は、本当に幸せだった。
スズランが咲く丘でささやかな結婚式を挙げ、永遠を誓い合った。その翌年には息子が生まれ、トミオとリエは親になった喜びを分かち合う。やがて息子が妻を迎え、孫が生まれた。リエとふたりでユカと名付け、抱いた時も、一緒に感動に震えた。
(そうだ。俺は……リエにめぐり逢えてほんとうに幸せだった)
-*-
ハッと目を開ける。看護師がトミオの診察番号を呼んでいた。
「63番さん、いらっしゃいませんか?」
「すみません、僕です」
ふと診察ボードを見ると、80番台が並ぶ中にトミオの番号が表示されていた。
診察ロビーの椅子に腰かけたまま、寝ていたのだろうか。
「お待ちしていました。先生の診察室へ行きましょう」
トミオが周囲を見渡すと、たくさん居たはずの患者が数えるほどしかいない。思ったより長く寝ていたのかもしれない。
「15番診察室、こちらです」
トミオはゆっくりと立ち上がり、杖を使って“15”と書かれた診察室に入室する。
主治医は、息子が生きていれば同じぐらいの年齢の若い医師だ。
「こんにちは、イサキさん。体調はいかがですか?」
「こんにちは。今のところはまだ辛くはありません」
「そうですか。それでは、今回の精密検査の結果ですが……」
主治医が淡々と告げるその内容を、トミオは静かに受け止めた。
臓器に悪性の腫瘍があり、進行が早く末期であること。トミオは手術が出来ないため、この腫瘍を取り除けない。
入院して薬物治療を行ったとしても、その進行を僅かに遅らせることしかできないだろうとのこと。そんな説明を、トミオはまるで他人事のように聞いていた。
これでようやくリエのもとへ行けると思いながらも、青いキモノに袖を通したユカの姿も思い浮かぶ。複雑な想いに揺れるトミオを見つめ、主治医は説明を終えた。
「残された時間はどれくらいですか?」
やがてトミオの落ち着いた声が、診察室に響く。主治医は控えていた看護師に書類の指示を出す。それからつとめて事務的な声で続けた。
「もって数か月といったところでしょう」
「……そうですか」
「我々はイサキさんのご意思を第一にと考えています」
今後の治療方針は、トミオ次第で決まるということだ。
この世界の人生のエンディングは、迎える本人の意見を最優先で重視する考えが定着している。
例えば、家族が患者の延命を望んだとしても、患者本人が望まなければ受け入れられない。
それは本人の意思が尊重されていないからだ。ただし患者本人が判断を下せない場合は、家族や後見人が代理人として判断を下す。
「僕は妻と共に暮らした場所で最期を迎えたいです。延命治療は考えていません」
トミオの母親も同じ病気で他界している。後悔はない。トミオはすぐにその意思を表明した。
主治医は深くうなずき、トミオと共に重要書類にサインする。この書類は、厳重にリージョンと病院とで保管され、書類自体も特殊な暗号で内容を保護される。明らかに第三者から強要されたと判断される場合を除き、たとえ本人であっても覆すことはできない。
「わかりました。イサキさんのAIに指示を追加しておきましょう」
「はい」
選択を終えたトミオに、主治医は言葉を続けた。
「最期まで充実した時間を過ごせるよう、我々もイサキさんをサポートいたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
トミオは主治医の言葉にうなずき、丁寧に頭を下げる。
主治医や看護師たちもトミオに一礼し、その背中を見守る。杖を頼りに歩くトミオの目には陽光が差す道が見えていた。
再会を機に、トミオとリエの時間は目まぐるしく動き出す。交際が始まると逢瀬を繰り返し、共に時間を重ねてわかったことがある。再会までの3年間も、ふたりの恋は終わってなどいなかった。それは蕾をつけた花のように、咲く時を待っていただけ。
もう二度と離れたくないと、お互いが強く思い始めた頃、リエのリクエストでトミオは有名なファームガーデンを訪れた。
『四葉のクローバーは、幸運の証なの。見つけたらきっと幸せになれる』
そう言いながら、リエはクローバーが群生する芝生にかがむ。しかし四葉のクローバーは、探しても見つからない、見当たらない。
「もう、いいんじゃないか? 四葉が見つかる確率は10,000分の1、だと言ってただろ。そんなにすぐには……」
「そうなんだけど、なんか見つかる予感がするのよ……」
それでもリエの手は止まらない。あの時と同じ、リエのあの眼差し。
ファームガーデンを見わたすほど広いグリーンカーペット。その中央に白いワンピース姿のリエ。様々な物に溢れる世の中で、機械とどのように関わるかを突き詰めてきたトミオに、人と関わることの喜びを教えてくれた女性。それはまさに広大な世界の中で輝く光。
(リエにとっての俺は……)
四葉。幸運の証。それなら――
「リエ、俺がリエの四葉のクローバーになる。それなら、どうだ?」
リエの手が止まる。視線を上げたリエのそばにトミオが屈む。
二人の横を穏やかに春風が通り過ぎる。
「それって……」
「リエ、俺がリエの幸運の証になる。だから――」
次の瞬間。世界が一瞬止まる。
返事は、言葉ではなかった。リエはトミオに勢いよく抱きつく。
リエの唇が離れたあと、
「ズルい。私から言おうと思ってたのに!」
抱きしめるトミオを見上げるリエ。
澄んだ緑青の目は宝石のように輝き、トミオの中に深く刻まれる。
「これから先ずっと、幸せを育てていこうね」
「もちろん」
その後の人生は、本当に幸せだった。
スズランが咲く丘でささやかな結婚式を挙げ、永遠を誓い合った。その翌年には息子が生まれ、トミオとリエは親になった喜びを分かち合う。やがて息子が妻を迎え、孫が生まれた。リエとふたりでユカと名付け、抱いた時も、一緒に感動に震えた。
(そうだ。俺は……リエにめぐり逢えてほんとうに幸せだった)
-*-
ハッと目を開ける。看護師がトミオの診察番号を呼んでいた。
「63番さん、いらっしゃいませんか?」
「すみません、僕です」
ふと診察ボードを見ると、80番台が並ぶ中にトミオの番号が表示されていた。
診察ロビーの椅子に腰かけたまま、寝ていたのだろうか。
「お待ちしていました。先生の診察室へ行きましょう」
トミオが周囲を見渡すと、たくさん居たはずの患者が数えるほどしかいない。思ったより長く寝ていたのかもしれない。
「15番診察室、こちらです」
トミオはゆっくりと立ち上がり、杖を使って“15”と書かれた診察室に入室する。
主治医は、息子が生きていれば同じぐらいの年齢の若い医師だ。
「こんにちは、イサキさん。体調はいかがですか?」
「こんにちは。今のところはまだ辛くはありません」
「そうですか。それでは、今回の精密検査の結果ですが……」
主治医が淡々と告げるその内容を、トミオは静かに受け止めた。
臓器に悪性の腫瘍があり、進行が早く末期であること。トミオは手術が出来ないため、この腫瘍を取り除けない。
入院して薬物治療を行ったとしても、その進行を僅かに遅らせることしかできないだろうとのこと。そんな説明を、トミオはまるで他人事のように聞いていた。
これでようやくリエのもとへ行けると思いながらも、青いキモノに袖を通したユカの姿も思い浮かぶ。複雑な想いに揺れるトミオを見つめ、主治医は説明を終えた。
「残された時間はどれくらいですか?」
やがてトミオの落ち着いた声が、診察室に響く。主治医は控えていた看護師に書類の指示を出す。それからつとめて事務的な声で続けた。
「もって数か月といったところでしょう」
「……そうですか」
「我々はイサキさんのご意思を第一にと考えています」
今後の治療方針は、トミオ次第で決まるということだ。
この世界の人生のエンディングは、迎える本人の意見を最優先で重視する考えが定着している。
例えば、家族が患者の延命を望んだとしても、患者本人が望まなければ受け入れられない。
それは本人の意思が尊重されていないからだ。ただし患者本人が判断を下せない場合は、家族や後見人が代理人として判断を下す。
「僕は妻と共に暮らした場所で最期を迎えたいです。延命治療は考えていません」
トミオの母親も同じ病気で他界している。後悔はない。トミオはすぐにその意思を表明した。
主治医は深くうなずき、トミオと共に重要書類にサインする。この書類は、厳重にリージョンと病院とで保管され、書類自体も特殊な暗号で内容を保護される。明らかに第三者から強要されたと判断される場合を除き、たとえ本人であっても覆すことはできない。
「わかりました。イサキさんのAIに指示を追加しておきましょう」
「はい」
選択を終えたトミオに、主治医は言葉を続けた。
「最期まで充実した時間を過ごせるよう、我々もイサキさんをサポートいたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
トミオは主治医の言葉にうなずき、丁寧に頭を下げる。
主治医や看護師たちもトミオに一礼し、その背中を見守る。杖を頼りに歩くトミオの目には陽光が差す道が見えていた。
