Clover、たったひとつの記憶

 18時。リエとの待ち合わせの時刻が近づく。
 トミオは駅の広場を目指して駆けていた。
 広場のベンチに座り、視線を泳がせるリエの姿がトミオの視界に入る。 
 カジュアルな服装はリエの雰囲気に馴染んでおり、トミオを見つけて真っ直ぐな笑顔を見せる。

「イサキさん!」

 トミオに向かって元気よく手を振るリエ。

「すみません、待たせてしまったみたいで……」
「いいえ、その、ちょっと張り切りすぎてしまって」

 そう言ってリエは18時を表示した、白い携帯端末をトミオに向けて傾ける。

「SP-510X……のWですね」
「はい!」

 51シリーズは、3年前に販売したモデルだ。
 丁度、お見合いの後に。トミオは穏やかに微笑む。

「じゃあ……行きつけのお店に案内させていただいても?」
「よろこんで」

 トミオが頷くと、リエは軽やかに踵を返し歩き出した。まだらにつき始めた街灯すらリエを彩っているかのようだ。
 この時間を楽しみにしていたと言わんばかりに。

「着きました、ここです!」

 リエが案内した場所は、年季の入った簡素な構えの屋台だ。
 仮設のテーブルと椅子が屋台近くに幾つも並ぶ。
 恰幅のいいおかみが、うちわを片手に焼き鳥を焼きながらリエに声を掛けた。

「おや、リエちゃん。今日は彼氏とかい?」
「……まだ違うもん」

 頬を赤らめるリエ。
 トミオはそんな横顔を見つめながらも、言葉の意味は深く考えないようにする。期待の大きさの分、傷も大きくなるから。

「おばちゃん、いつものセット二つお願いっ!」
「あいよ!」
「ここの焼き鳥は絶品なんです。あ、ビールでいいですか?」
「はい」

 なんというか、リエのギャップが……。おそらくそれは解き放たれた自然体。背後にみえる星空、簡素なテーブルの、古いランプの明かりが、リエをより輝かせている。

(リエ、さん。リエさんなんだ)

「あの、イサキさん。その節は……」

 リエの言葉が、トミオを今に引き戻す。

「すみませんでした……」

 トミオは思考を整え、とりあえずの最適解を声に出す。

「いえ。……もう、すんだことです。それに、3年も前の事ですから。気にしていません」

 嘘だ。気にしてないのなら、なぜこんなにもリエのことが気になっているのか。

「あの庭園には悩みを抱えた人が集うんです……不思議ですよね」

 リエはあの病院でどれほどの人間の生死に携わったのだろう。
 トミオが抱えているものを、何となく察しているかのような。

(それは俺の甘えだよな)

「あぁ、それで私にも声をかけてくれたんですね」
「はい。あ、あの……。でも、それだけじゃなくて……」

 手持ち無沙汰にリエは両手を合わせ、言葉を選び、そして続ける。

「イサキさんともう一度、出会いたかった」
「もう一度、出会う……?」

 リエの視線を受け止めながら、トミオはリエの言葉を待った。

「家の圧力で出会うんじゃなくて、最初から巡り会いたかった……何の負い目も抱えず、イサキさんと」

 リエが俯く。顔が赤い。

「……ありがとう。声を掛けてくれて……」

 その言葉にリエの表情がほころぶ。
 頃合いを見計らったように、若い女性が、焼き鳥とビールジョッキを運んできた。
 目の前に並ぶ大ぶりの串ものに目を奪われるトミオ。

「私のイチオシなんです!」
「これはまた……。いただきましょう」
「はい!」

 リエがあの時の笑顔のまま、トミオに微笑む。
 乾杯の音が辺りに小さく響き、思いがけず訪れた再会の宴がはじまった。