終わらない夜に


「……もしもし」
『あ、やっと出た。いつまで待たせるのよ』

開口一番、母は掠れたハスキーな声で不機嫌そうに言う。

「ごめん。仕事中だったから……」
『あっそ。ねぇ、それより今月もう3万貸してくれない? 色々入り用でさぁ』
「3万なんて無理だよ……先週も3万渡したばっかりじゃない」

3万円という高い金額に思わず否定してしまってからハッとする。
けれどすでに遅く、電話の向こうからは『はぁ?』と不満を漏らす声がした。

『なにその言い方。ちょっと出費が続いちゃったんだから仕方ないでしょ!
それともなに、あたしが悪いって言うの!?』

スイッチが入ったように捲し立てられ、あまりに大きな声に耳がキンと痛くなる。

『大体あんたのせいでもあるのよ!?ブスで地味で頭も悪い、本当いいところがひとつもない子!
あんたがもっとかわいくて優秀だったら、もっといい会社に入っていい男つかまえてあたしもラクになれたはずなのに!』

止まらず責める言葉たちに、喉が絞まる感覚がする。
その苦しさを飲み込んで声をしぼり出した。

「……わかった、3万は無理だけど2万なら」
『2万?まぁいいけど……なるべく早く振り込んでよね』

お金が貰えるとわかった途端に母は落ち着き、早々に通話を切った。
ホーム画面を見るとどっと力が抜けて、深いため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。

「はぁ……」

本当は私も、他の人みたいにおしゃれをしたい。
こまめに美容室に行って髪を染めて、流行りのコスメやかわいいネイル、新しい服に身を包んで気軽にランチに出かけたい。

だけど実際、私の毎月の給料は半分近くが母への仕送りで消える。

隣県に住む私の母は、私が生まれてすぐ離婚して以降シングルマザーになった。
それ自体はなにも珍しいことではない。けれどよそと違うのは、うちの母は親としての役目を果たさないことだった。

母は昔から働くことが嫌いで、そのくせギャンブルや飲み代にお金を注ぎ込んでいる。
幼い頃は身内の助けもありなんとか生活できていたけれど、高校生になりついに身内に見限られると私のバイト代を頼りにした。

それは社会人になっても変わらず……むしろ年々ひどくなり、こうして月に何度もお金を要求する連絡をしてくるのだった。

お金を渡さなければいい。そもそも電話にも出なければいい。そう自分でもわかっている。
だけど電話に出なければ大量のメッセージが送られてくる。
以前体調を崩して数日連絡を返さなかった日には、家まで押しかけてきたこともある。

それになにより、先ほどのような暴言やときには暴力を繰り返されてきた私は、未だに母の存在が怖い。
拒むことでまたひどい言葉を浴びせられ、傷つくことが怖いのだ。

「……口座、あといくら残ってたっけ」

お金のやりくりと母の存在に追われる。私の毎日はそればかりで過ぎていく。

……けれど一ヶ月ほど前、そんな毎日に変化が訪れた。