「協議の日」
場所は、 いつものカフェ。
でも空気はいつもと違う。
彼、 珍しく真面目な顔をしている。
「……先輩。」
「なに?」
「無理です。」
「え、なにが」
「無理です。」
「?」
「足りなさすぎる……デートが月一あるか無いかって……!」
訴える目。
あなたは思わず笑う。
「いや、仕事とかあるし――」
「わかってます。」
即答。
でも彼は引かない。
「でも俺、 このままだと普通に壊れます。」
「壊れるって大げさじゃない?」
「大げさじゃないです。」
真顔。静かに深刻な顔。
あなたはコーヒーを一口飲む。
「じゃあどうしたいの」
その一言で。
彼、 一瞬だけ黙る。
そして。
すごく真剣に、 ごくりと喉を鳴らして。
「……丸一日ください。」
「月1じゃん、それ結局」
あなた、 思わず笑ってしまう。
(真剣な顔してなんて内容なんだ……笑)
「はい。そうです」
「解決してる?」
「本当はそれでも短すぎます。」
即答。
そのまま続けて…
「短すぎます。超譲歩してます。超…」
「超…」
「週一か月丸2日か…」
真剣な顔。
「まって、しれっと増えてる…気づいてるよ。増えてる」
あなた、コーヒーを持ったまま
「いや、うーん」
「良いんですか?週一でも」
「それは…難しいね」
彼、 真剣な顔のまま続ける。
「でも現実的に考えると、 週一が一番安定してます」
「安定って何の話」
「精神です」
「急にメンタルの話」
彼、 少しだけ前のめりになる。
「週一なら、 その間ずっと“次の予定ある”って思えるんです」
「……」
「安心します」
あなた、 言葉に詰まる。
でも彼は止まらない。
「今は月1だから、 次までが長すぎて」
「うん」
「その間ずっと、 何してるんだろって考えて」
「うん」
「先輩、今誰といるんだろとか」
「……」
「出先でなにしてるんだろうとか、
仕事中でも普通に思い出して、」
「それはやめて、仕事して」
「やめられないです」
即答。
あなた、 顔を覆いかける。
彼、 さらに続ける。
「だから週一なら、 ちゃんと落ち着くんです」
「落ち着く基準おかしい」
「あと」
「まだあるの?」
「はい」
少しだけ声が落ちる。
「丸2日一緒にいられたら、 たぶん一回ちゃんと満たされます」
「満たされるってなに」
「回復です」
「何の回復」
「…先輩、不足」
「恥ずかしくなるなら言わないでよ、つられる」
彼、 だんだん自分でも止まらなくなってきている。
「今の状態だと、 正直ちょっとずつ削れていってる感じで……」
「削れてない削れてない」
「でも実感としては削れてて……」
「やめてその表現」
「でも先輩といると全部戻るので」
そこで少しだけ笑う。
「だから余計に、 足りなくなるんです」
あなた、 コーヒーを置く。
「……ねえ」
「はい」
「それ、真面目に言ってる?」
「真面目です」
即答。
少しの間。
あなた、 顔を手で覆う。
「……無理だって」
「え」
「その真剣な顔でそれ言われるの」
「でも本音です」
「本音が重い」
彼、 少しだけ不安そうにする。
「……嫌ですか」
その一言が、 急に小さくなる。
あなた、 そこで完全に崩れる。
「嫌じゃない、けど…」
「けど?」
「…」
「?」
「…恥ずかしいの!」
「……」
「“先輩不足”って何!?」
彼、 数秒止まる。
それから小さく。
「……すみません」
あなた、 顔を覆ったままため息。
でも。
そのため息は、 もう諦めのやつだった。
「……週一は、無理」
「……はい」
「でも」
彼、 顔を上げる。
「丸一日でデートをちゃんと濃くするのは、
考えてもいい」
その瞬間。
彼の目が一気に明るくなる。
「……いいんですか?2日ですね!嬉しいっ」
「(増えてる…)こほん、その代わり」
「はい」
「泣き落とし禁止」
「え、効くんですね…!はい。覚えました」
「待って、こら、こらこら!」
「とりあえず、」
「え、何がとりあえず?切り替えたつもり?」
「いつ泊まりきます?🥰」
「……」
あなた、 完全に固まる。
コーヒーを持つ手も止まる。
彼、 少しだけ首を傾げる。
「だめですか」
「だめとかじゃなくて」
「じゃあ可?」
「可じゃない」
「残念です」
「残念がるな」
彼、 真剣な顔に戻る。
「でも現実問題として、 泊まりって一番効率いいと思うんです」
「何の効率」
「先輩不足の回復です」
「その単語禁止ってさっき」
「はい」
即答。
あなた、 完全に頭を抱える。
「ねえ、ほんとにさ」
「はい」
「一回落ち着こうか」
「落ち着いてます」
「どこが」
彼、 少しだけ間を置いて。
静かに言う。
「……でも正直、 今ちょっと嬉しすぎて変になってます」
「自覚あるんだ」
「あります」
「ちょっと落ち着こう」
「止まりません」
即答。
あなた、
笑いながらため息をつく。
「……泊まりはまだ早い」
彼、
一瞬だけ固まる。
「……え、じゃあどうやって丸一日過ごすんですか!お外でずっと過ごすんですか?先輩も疲れますよ!」
「なんで逆ギレ……」
「そう考えるとほら!ね!」
「何が“ね”なの」
彼、 身を乗り出す勢いで続ける。
「家デートでお泊まりしたら!」
「はい。」
「美味しいご飯も作れますし!」
「急に生活力アピール」
「のんびり読書タイムとかできますし!コーヒー付きます!」
「え、それはちょっと良い」
その瞬間、彼の目が一段階輝く。
「でしょ!」
「まだ決定じゃない」
「ぐっ…!映画鑑賞もできますよ!」
「それ映画館と何が違うの」
「止められます!」
「何を?」
「ポップコーンの制限!」
「そこ?」
彼、 勢いそのままに続ける。
「外だと時間とか周り気にするじゃないですか!」
「うん」
「でも家なら!」
「うん」
「先輩が疲れたらすぐ休めるし!」
「うん……」
「途中で寝てもいいし!」
「え、今まで寝てた……?」
彼、 一瞬だけ目を逸らす。
「はい」
「やっぱり?」
「疲れてる時とか、普通にウトウトしてました」
「それ言うんだ」
「でも!」
急に真剣な顔。
「それはそれで可愛いので問題ないです」
「問題はあるでしょ」
「ありません」
即答。
あなた、 額を押さえる。
彼は止まらない。
「ちゃんと一緒にいられます!」
そこまで言って、 一回息をつく。
そして少し落ち着いた声で。
「……合理的です」
「いや急に冷静になるのやめて」
あなたが呆れたように笑った
その瞬間。
彼は少しだけ様子を伺うように続ける。
「……先輩」
「なに」
「今の、“ちょっと良い”って言いましたよね」
「言ってない」
「言いました」
「言ってない」
「言いました」
即答。
あなたはコーヒーを見つめるしかなくなる。
彼は少しだけ優しい声になる。
「無理にとは言わないですけど」
「うん」
「先輩が楽な方がいいのは本当です」
「うん」
「でも……」
一拍。
「俺も、その時間欲しいです……先輩と居たい
……だめですか?」
さっきまでの勢いとは違う。
“合理的です” とか、 “効率いいです” とか言ってた時の顔じゃない。
少しだけ不安そうで。
ちゃんと、 “断られたら傷つく” って分かる顔。
その瞬間。
あなたは気づく。
(あ、これ……)
ただの提案じゃない。
“ちゃんと一緒にいたい方法”を、 必死に考えてる顔。
あなたはため息をつく。
「……別に、ダメとは言ってない」
「やっぱり俺ばっかりなのかな……え!!!」
彼、 ぱっと顔を上げる。
「今なんて言いました!?」
「いや、だから」
「ダメじゃない!?」
「声大きい」
彼、 完全に生き返る。
さっきまでのしょんぼり何だったの、 ってくらい目が輝いてる。
あなた、 笑いながら額を押さえる。
「まだ“検討中”だからね」
「でも可能性はある!」
「だから希望を膨らませるの早い」
彼、 でも止まらない。
「だって先輩、 “ダメ”って言わなかった……」
その声が、 思ったより嬉しそうで。
あなた、 少しだけ照れて視線を逸らす。
すると彼、 急に静かになる。
「……先輩。」
「なに」
「俺、 ほんとに先輩のこと好きなんだなって、 最近ずっと思ってます」
「……。」
「会えないと寂しいし、 会えたらもっと欲しくなるし。」
小さく笑う。
「想像より全然重かったです、俺。」
あなた、 思わず吹き出す。
「自己分析みたいに言わないで」
「事実なので。」
それから彼、 少しだけ恥ずかしそうに続ける。
「……でも、 先輩が“考えてもいい”って言ってくれたの、 かなり嬉しいです。」
その顔が、 本当に安心したみたいで。
あなた、 胸の奥が少しだけきゅっとなる。
この人、 ただ近づきたいだけじゃない。
“自分と一緒にいて、 あなたが楽でいられる形” を探してくれている。
だから、 完全には拒否できない。
あなた、 小さくため息をついて。
「……お泊まりするなら、 条件あるからね」
彼、 完全停止。
「……条件。」
「うん。」
「聞きます。」
「まだ決定じゃない」
「でも聞きます。」
前のめり。
あなた、 笑いながら指を折る。
「まず、 丸一日としても、ひとり時間を確保すること」
「はい」
「読書中に邪魔しない」
「努力します」
「即答で“できます”って言って」
彼、 少し笑う。
「できます。」
「あと、 疲れてたら普通に寝るからね」
「知ってます。」
「なんで嬉しそうなの」
「平和なので。」
「意味わかんない」
彼、 でも本当に嬉しそう。
そして最後に、 少しだけ真面目な顔になる。
「……ちゃんと大事にします。」
その一言だけ、 急に静かで。
あなたは、 少しだけ目を逸らしながら呟く。
「……そこは、 最初から分かってるよ」
結局。
“週一デート案”は、 現実的に難しかった。
あなたの出張。
友人との予定。
ひとり時間。
仕事の疲労。
全部考えると、 “毎週会う”は、 あなたの性格的にも生活的にも無理がある。
そして何より。
あなた自身が、 途中で気づいてしまった。
“短時間を何回も” より。
“安心できる場所で、 長くゆっくり一緒にいる” 方が、 自分には合ってるかもしれない、と。
だから。
数回の「協議」を経て。
結果。
週一は無理だけど、 お泊まり方向なら考える
送信。
数秒。
既読がつかない。
「……?」
珍しい。
いつもなら秒で返ってくるのに。
あなた、 少し不安になりかけた時。
電話。
「え!?」
慌てて出る。
「……もしもし?」
『……先輩。』
声。なんか静か。
「な、なに」
『今、 めちゃくちゃ深呼吸しました。』
「なんで」
『嬉しすぎて。』
あなた、 思わず笑う。
でも彼、 本当に落ち着こうとしてる声。
『……え、 ほんとに?』
「だから“考える”ね」
『でも方向性は!?』
「お泊まり方向」
その瞬間。
電話の向こうで、 小さく「よしっ……!」って聞こえる。
「聞こえてるよ」
『すみません抑えきれなくて……』
それから彼、 急に真面目な声になる。
『……先輩。』
「ん?」
『ちゃんと安心できる家にします。』
「……。」
『先輩が、 “ひとり時間楽しめるまま” 一緒にいられるようにしたいので。』
その言葉に、 胸がじんわり熱くなる。
あなた、 小さく笑う。
「……なんか、 同棲のプレゼンみたい」
『あ。』
一瞬止まる。
『……それは今後の希望ですか??!!』
「やめて。」
即答。
彼、 電話越しに笑う。
『すみません、 今ちょっと未来見ました。』
「早いのよ」
『でも嬉しくて……』
少し照れた声。
あなた、 そんな彼の声を聞きながら思う。
最初は、 “ひとりが楽”だった。
でも今は。
“この人となら、 同じ空間で別々のことしてても楽かも”
って、 少しずつ思い始めてる。
それが、 一番大きな変化だった。
お泊まり方向。
その言葉を境に。
彼は、 分かりやすく浮かれていた。
でも同時に、 妙に慎重にもなった。
「先輩、 泊まりって“長時間一緒”だから、 無理させたくないんです」
とか。
「途中で“やっぱ帰りたい”ってなったら、 全然帰ってくださいね」
とか。
以前より、 “安心できるか”を気にするようになった。
そして迎えた、 初お泊まり協議後のデート。
「……なんか、 今日〇〇くん静かじゃない?」
カフェであなたが言うと、 彼はコーヒーを飲みながら目を逸らした。
「……緊張してます。」
「なんで?」
「泊まりの可能性が現実味を帯びてきたので。」
「硬い」
彼、 小さく笑う。
でも耳赤い。
あなた、 ちょっと面白くなる。
「今さら?」
「今さらです。」
「いつもあんなグイグイなのに」
「グイグイしてましたけど、 実現すると思うと別です。」
素直。
それから少し間を置いて。
彼、 ぽつり。
「……先輩、 家だともっと無防備そうだし。」
「え。」
「読書して、 途中で寝落ちして、 コーヒー冷ましてそう。」
「なんでそんな具体的なの」
(ちょっと合ってるのが怖い…)
「想像してます。」
「やめて」
彼、 笑う。
でもその笑い方、 少し柔らかい。
“欲しい”だけじゃなくて、 “その時間を大事にしたい” って顔。
あなた、 なんだか
その視線に落ち着かなくなる。
すると彼、 ふと真面目な声で言った。
「……でも、 先輩が“泊まってもいいかも” って思えたの、 ちょっと意外でした。」
「……。」
「もっと、 壁あるタイプかと思ってたので。」
あなた、 少し視線を落とす。
「……あるよ、壁。」
「ですよね」
「今も、 普通に怖いし。」
「……。」
あなた、 カップを指でなぞりながら、 小さく続ける。
「〇〇くん、に……」
「……え、俺?」
急に名前が出て、 彼が少し身を乗り出す。
あなた、 その反応に少し照れながら。
「……嫌われたく、ないし。」
彼、 ぴたりと止まる。
あなた、 視線を逸らしたまま続ける。
「超寂しそうだし、 不安そうだし……」
「……。」
「そんな顔、 させたい訳じゃないから……」
その瞬間。
「〜〜〜………っっっ!」
彼、 片手で顔覆った。
「え、なに」
「……今の。ちょっと無理です。」
「何が」
「嬉しすぎて。」
声がくぐもってる。
彼、 顔覆ったまま、 何か噛み締めるみたいに深呼吸してる。
あなた、 思わず笑う。
「そんな?」
「そんなです。」
即答。
それから彼、 ゆっくり顔を上げる。
目、 めちゃくちゃ優しい。
「……先輩って、 ほんとズルい。」
「え。」
「そんなこと言われたら、 もっと大事にしたくなるじゃないですか。」
あなた、 少しだけ目を丸くする。
彼、 小さく笑う。
「俺、 ずっと“会いたい側”だと思ってたんです。」
「……。」
「でも先輩、 ちゃんと考えてくれてたんだなって。」
静かな声。
茶化さない。
そのまま、 まっすぐ受け取ってくれる。
あなた、 少しだけ照れながら呟く。
「……だって、 〇〇くん本当に寂しそうなんだもん。」
「寂しいです。」
「会えないと普通にしょんぼりします。」
「自覚あるんだ」
「あります。」
彼、 少し笑ってから、 そっと続ける。
「でも。」
「?」
「先輩が、 “俺を安心させたい” って思ってくれてたの、 かなり嬉しいです。」
その言葉に、 胸がじんわり熱くなる。
すると彼、 急に真顔になる。
「……じゃあ。」
「なにその顔」
「お泊まり、 安心してもらえるように頑張ります。」
「だから何を」
「環境整備。」
「言い方」
「あと、 先輩用ブランケット買います。」
「なんで」
「読書中に寝た時用です。」
「寝る前提なの?」
「かなり。」
あなた、 吹き出してしまう。
彼もつられて笑う。
その空気が、 なんだかもう、 “怖い”より“楽しみかも” に変わり始めていた。

