日常の先





スクリーンの光が、
静かに横顔を照らしている。
隣の彼。
さっきまで、
あんなに浮かれて、
嬉しそうに笑ってたのに。
今はちゃんと、
映画に集中してる。









でも。











切ないシーンになった瞬間。










彼、
少しだけ表情が柔らかくなった。









主人公が、
“ひとりでいる方が楽だ”
って言う。
その言葉に、
あなたの胸が少しだけ痛む。
昔の自分みたいだった。
期待しない方が楽。
誰かを特別にすると、
苦しくなる。
だから、
最初から諦める。












そうやって、
ずっと自分を守ってきた。










あなた、
無意識に隣を見る。
彼は、
画面を見たまま。
でも。
その横顔見てると、
不思議なくらい安心する。










“逃げなくても大丈夫かも”
そんなふうに思えてしまう。








 
すると。
彼が、
ふとこちらを見た。
目が合う。
暗闇。
スクリーンの光だけ。





     







彼、
小さく首傾げる。
“どうしたの?”
声にしないまま、
そう聞いてる顔。













あなた、
ほんの少しだけ笑って、

小さく首を横に振る。
すると彼。
それ以上は聞かない。















ただ、
安心させるみたいに、

そっと指先だけ触れてきた。
あなた、
その手を見る。
押しつけない。
でも、
離れない。
その優しさに、
胸がじわっと熱くなる。










映画の中では、
主人公がまだ、

“ひとりの方が楽”
って言ってる。
でも今のあなたは。
“誰かといる安心”
を、
ちゃんと知り始めていた。













映画は、
終盤へ向かっていた。
最初はぶつかってばかりだった二人が、
少しずつ、
お互いの“ひとりの時間”も、
“誰かといたい気持ち”も、
受け入れていく話。
あなた、
気づけばかなり感情移入していた。
隣の彼の存在を感じながら、
スクリーンを見る。
映画の中の彼女が、
ぽつりと言う。











“ひとりが好きなんじゃなくて、
傷つかないから楽だっただけかも”





その台詞に。
あなた、
少しだけ息を止めた。
……分かる、
って思った。













期待しない。
最初から諦める。
そうしてた方が、
傷つかないから。

















でも。
隣の彼は、
そこをちゃんと越えてきた。











“逃げないで、
捕まってくれません?”
あの声を思い出す。














あなた、
無意識に少し笑ってしまう。
すると。
隣で、
彼がちらっとこっちを見る。
あなた、
小さく首を傾げる。
彼、
口パク。
『泣いてる?』
「……。」
泣いてない。
……ちょっとだけ、
うるっとしただけ。
あなた、
むっとして小さく首を横に振る。









彼、
少し笑う。
それから。
暗闇の中、
そっと。
あなたの指先を、
軽く握った。
「っ……。」
一瞬、
また心臓が跳ねる。








でも今度は、
嫌なドキドキじゃない。
落ち着く。
あなた、
少し迷ってから、
握り返した。
その瞬間。
彼、
分かりやすく嬉しそうな顔する。













暗くてよかった、
って思う。









こんなの、
明るかったら恥ずかしくて無理。
















そして。
エンドロール。
音楽が流れ始める。
館内が少しずつ明るくなる。
あなた、
余韻でぼーっと前を見ていた。
すると隣で、
彼が小さく息を吐く。
「……よかった。」
「……うん。」
あなた、
まだ少し感情が残った声で返す。
彼、
そんなあなた見て、
ふっと笑った。








「先輩、
めちゃくちゃ入り込んでましたね。」









「……〇〇くんも。」








「ばれました?」








「横見たら、
普通に切なそうな顔してた。」






彼、
ちょっと笑う。









それから。
周りの人が立ち始める中。
彼、
静かに言った。



「……俺、
先輩と観れてよかったです。」



その声が、
映画の余韻と混ざって。
胸に、
じんわり残った。












エンドロールが終わって、
館内が完全に明るくなる。
周りの人たちが、
少しずつ席を立っていく。
でもあなたは、
まだ少し余韻に浸っていた。
隣の彼も、
静か。








さっきまで、
あんなに浮かれてたのに。
今は、
映画をちゃんと噛み締めてる顔してる。
あなた、
ふと笑う。
「……〇〇くん、
ちゃんと映画観るタイプなんだね。」
彼、
立ち上がりながら笑う。
「なんだと思われてたんですか。」
「もっと、
途中でちょっかいかけてくるかと。」
「さすがに映画館で嫌われたくないです。」
「嫌われる自覚はあるんだ。」
「あります。」
即答。
あなた、
吹き出す。











劇場を出る人の流れに混ざって、
並んで歩く。
すると彼、
少しだけ照れたみたいに言う。
「……でも。」
「ん?」
「途中、
先輩が映画に集中してるの見て、
ちょっと嬉しかったです。」
「え。」
「やっぱり邪魔しちゃったかもって思ってたので。
“ちゃんとひとり時間楽しめてるな”
って思って安心しました」







   




その言葉に、
胸がじんわり温かくなる。
彼、
本当に、
あなたの“好きな時間”を大事にしてくれる。
“恋人なんだから全部一緒”
じゃなくて。
“その人らしさ”
をちゃんと見てくれる。










あなた、
少しだけ彼を見る。
「……〇〇くんって、
思ってたよりずっと安心する人だね。」












その瞬間。
彼、
ぴたりと止まる。
「……。」
「な、
なに。」
彼、
数秒黙ったあと、
片手で口元押さえた。








「……今、
かなり嬉しいこと言われました。」   





「え。」 




「俺、
そこ結構頑張ってるので。」






少し照れた笑い。
あなた、
その顔見て、
また胸がきゅっとする。









映画館を出ると、
夕方の光。
少しオレンジ色の街。
人の流れの中。
彼、
自然にあなたの隣歩く。
押しつけない距離。
でも、
離れない距離。
その時。
彼がふと、
あなたの手元を見る。
「……ポップコーン、
ほとんど俺食べてないですね。」
「三粒制だから。」
「厳しい。」
「ひとり時間なので。」



彼、
肩揺らして笑う。
それから。
少しだけ悪戯っぽく、
あなたを見る。

「……じゃあ今、
“半分デート時間”に変わりました?」







あなた、
きょとんとして。
「え、
今さっきのが半分デートでしょ?」






その瞬間。
彼、
ぴたりと止まる。
「……。」
「……?」


  



 
数秒。







彼、
ゆっくり顔覆った。
「だめだ。」












「え、なに。」












「“デート”って認識してくれてた。」













「え。」
あなた、
遅れて気づく。
「……あ。」













彼、
めちゃくちゃ嬉しそう。

「先輩の中で、
今のデートだったんだ……」












「いや、
だって恋人同士で映画って、

普通にデートじゃ……」
そこまで言って、
自分で恥ずかしくなる。












彼、
完全に顔緩んでる。

「……やばい、
嬉しい。」











「そんな喜ぶ……?」
「喜びますよ。」
即答。










「昨日まで、
“俺なんて誰にでも優しい後輩”
判定されてたんですよ?」









「う……」
前科。








彼、
少し笑う。
「だから、
ちゃんと“彼氏”として見てもらえてる感じ、
かなり嬉しいです。」












その言い方が、
あまりにも素直で。







あなた、
胸がじわっと熱くなる。









夕方の光の中。
その言葉が、
静かに胸に残る。





彼、
少し歩きながら、
小さく続ける。
「しかも、
先輩から“デート”って言った。」
「……そんな重要?」
「重要です。」
また即答。
あなた、
思わず笑ってしまう。









すると彼。
ふっと、
少し柔らかい顔になる。
「……でも、
今日よかった。」
「ん?」
「先輩、
ちゃんと自分の時間楽しみながら、
俺ともいてくれたから。」









あなた、
少し照れながら笑った。
「……〇〇くん、
私の攻略法、
理解してきてるね。」
彼、
すぐ笑う。
「かなり研究してます。」
「怖い怖い。」














「好きなので。」
さらっと。
あなた、
また顔熱くなる。
彼、
そんなあなた見て、
満足そうに笑った。













夕方の空気。
あなた、
少し笑って彼を見る。
「……楽しかった、
ありがとう。」
彼、
一瞬目を細める。
嬉しそう。














あなた、
照れ隠しみたいに続ける。
「……じゃ、
また職場で。」











その言い方に、
彼は少しだけ笑った。
「急に“普段モード”。」
「切り替え大事なので。」
「なるほど。」
彼、
頷きながらも、
どこか名残惜しそう。
あなたはそんな彼を見ながら、
この後の予定をぼんやり考える。
(この後は本屋行って……)
気になってた新刊見て。
あと。
(下着、
買い替えたかったからそれも覗こう……)







そう思った瞬間。










ふと、
視線を感じる。










見ると。
彼、
じーーーっとこちら見てる。
「え、……なに。」
「いや。」
「いや?」









彼、
少し笑う。
「“また職場で”って言う彼女、
なんか新鮮だなって。」
「……。」
「デート終わったあと、
ちゃんと自分の時間戻ってく感じ、
先輩だなぁ…って」
その言い方が、
なんだか優しくて。










あなた、
少しだけ安心する。

“もっと一緒にいたい”
って言われるのも嬉しい。


でも。


“ちゃんと離してくれる”
のも、
同じくらい嬉しい。















彼、
少しだけ近づいて。
「……本屋ですか?」
「え。」
「顔。」
「そんな分かる!?」
「かなり。」
彼、
肩揺らして笑う。
「あと、
コーヒー飲み直したそうな顔してる。」
「それはそう。」
「ですよね。」
ほんと、
よく見てる。




あなた、
呆れながらも笑ってしまう。




彼もつられて笑って、
少し肩の力を抜いた。








「……じゃあ、本当にここで。」
「うん。」
改札の手前で立ち止まる。
人の流れが少しだけ二人を押し流しそうになる中で、
彼は一歩だけ距離を詰めた。
でも、触れない。
ちゃんと止まる。
「忘れないで下さいね。」
「?」
「報告です。」
「誰への?」
「俺へのです。」






意味わからなくて笑う、
軽く手を振る。
「じゃあね。」
「はい。」
彼も手を振る。







でも、
すぐには行かない。



少しだけ見送ってる。
あなたが一歩離れてからも、
まだそこにいる気配があって。
振り返ると、
彼はちゃんと見てた。
目が合う。
彼、
小さく手を上げて。
それでようやく、
背を向けた。
あなたはそのまま歩き出す。













なんだかくすぐったくて。





少しだけ笑ってしまった。